〈ザ・ブラインド・ドンキー〉を主宰する料理人、原川慎一郎さんが、東京の隣にある千葉は木更津といすみへ。穏やかな太平洋となだらかな山という自然に恵まれた場所で体感したのは、おいしいものの背景にあるストーリーとシンプルな暮らしの真の豊かさでした。

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いすみで作陶している
浜名一憲さんに会いに行く。

浜名さんのアトリエの裏はすぐ海という絶好のロケーション。ベランダに並んでいるのは、もうすぐ海外のギャラリーに出展される作品たち。「焼き上げた真っ白な壺を、苔むすまで庭に置いておくこともありますよ」

次なる目的地は、原川さんが会って話してみたいと思っていた、陶芸アーティストの浜名一憲さんのアトリエだ。原川さんにとって、旅は未知なるものを体感し、会いたい人と話をするための時間でもある。

「外を見たいという気持ちは、幼い頃からありました。小学生の頃は、生まれ育った場所ではないどこかに行きたくて、全寮制の中学へ。高校を卒業した後は、日本を飛び出してカナダの大学へ。特に勉強や英語が好きだったわけではないけれど、目的のための努力は惜しまなかった」という原川さん。

浜名さんとは数年前に個展の会場で挨拶をした程度の面識。ところが最近、友人たちから名前を聞くことが増えて、改めて気になっていたのだそうだ。そんな気持ちも旅のきっかけになった。

海辺の高台に佇む一軒家のアトリエで、浜名さんが出迎えてくれた。ベランダには大きな壺と、ピカピカのイワシが並んでいる。

「朝獲れのイワシをさばいて、半日干しているんです。これがめちゃくちゃ旨いんですよ」と浜名さん。実は浜名さんは漁師でもあり、知る人ぞ知る人気の発酵イワシ調味料「セグロのクサレ」を生み出した人でもある。

「千葉はイワシの産地なのに、あまり有効活用されていないんです。このあたりで外食に行くと、遠いところから運ばれてきた刺身が出てきたりする。身近にこんなおいしい魚があるのにもったいない。誰もやらないなら、自分でどうにかしてみようと、最初はアンチョビを作りました。そのうち突き詰めたくなり、イワシの漁師にもなりました」