スピノザは17世紀オランダの哲学者です。
1632年、アムステルダムのユダヤ人居住区に生まれた彼は、1677年にハーグでわずか44歳の生涯を終えるまで、生前には2冊の本しか出版していません。
残りの著作は、彼の死後、友人たちの手によって遺稿集として刊行されました。
スピノザの思想の核となる部分は、彼が死んでから世に知られるようになったのですが、その核こそ、本書で取りあげる『エチカ』に他なりません。
生前に匿名で出版した『神学・政治論』が無神論の書として取りざたされたため、スピノザはずっと危険思想家として扱われることになります。死後もスピノザへの攻撃は続きました。
しかし、その思想が忘れられたことはありませんでした。300年以上を経たいまも、多くの思想家・哲学者に影響を与え続けています。
「エチカ」とは、倫理学という意味です。しばしば読むのがとても難しい本だと言われています。
たしかに、スピノザの書き方や思想のあり方は少し変わっています。『エチカ』を読み解くためには、何かしらの手引きが必要かもしれません。本書を通して、皆さんに読書の手引きになるお話ができればと思っています。
それにしてもなぜ、17世紀の本をいま読む必要があるのでしょうか。
スピノザが生きていた17世紀という時代は、歴史上の大きな転換点でした。たとえば、いま私たちが知っているタイプの国家は、この時期に誕生しています。
この国家形態は「主権」という言葉で特徴づけられますが、私たちが「国民主権」という表現を通じて慣れ親しんでいるこの考え方がヨーロッパで始まるのも17世紀です。
学問に目を向ければ、デカルト(1596〜1650)が近代哲学を、ニュートン(1642〜1727)が近代科学を打ち立てるのもこの時期です。ホッブズ(1588〜1679)やロック(1632〜1704)の社会契約説も登場しました。
現代へとつながる制度や学問がおよそ出揃い、ある一定の方向性が選択されたのが17世紀なのです。
スピノザはそのように転換点となった世紀を生きた哲学者です。