出来栄え重視な「結果主義」からの脱却

ここ数年、小中学校では、運動会と言えば組体操による児童生徒のけがが取り沙汰されてきた。前出の小学校教諭の男性が語ったように、一体感や我慢、出来栄えを気にする結果主義、評価主義からの脱却を目指す学校は増えてきた。幼稚園、保育園の幼児教育の現場も然りだ。脳科学や児童心理学といった学びの獲得も盛んだ。

そんな背景がありながらも、旧態依然とした教育観は各所にはびこる。学校以外でも、少年スポーツや家庭教育の現場でも、「できる・できない」「上手い・下手」が、「集中している・していない」「頑張っている・頑張っていない」というまったくもって主観的な表現にすり替えられる。ジャッジすることで、圧迫して、発奮させることを「指導」と呼んでしまう古い教育手法に、大人がしがみついたままだからだ。

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評価主義で育てられる子どもたちには、すでに大きなゆがみが現れている。
国際学力調査である「生徒の学習到達度調査」(PISA)が2020年1月に発表した2018年度調査結果によると「日本の子どもは他のPISA参加国・地域と比べ、失敗することを恐れていることが多い」という。約8割の生徒が「自分が失敗すると他の人の目を気にしてしまう」と答えている

「他の人の目」のもとになっているのは、評価する大人たちではないか。評価が気になるのは、自信がないことの表れだ。先進7か国の中で日本の子どもたちの自己肯定感が飛びぬけて低いのも頷ける。自己肯定感が低ければ、自己主張できない。言われたことしかできず、創造する力や自分で目標を掲げてトライする力が持てないに違いない。

世界幸福度調査でも日本の子どもたちの「他人の目を気にする様子」は指摘されている Photo by iStock

圧迫する教育手法を、幼児教育から大学まで、あらゆる年代(カテゴリー)で転換しなくてはいけないと思う。

ところが、この転換はすでに50年近くも前からOECD(経済協力開発機構)から実は指摘されていた。

調べてみると、1971年に発表されたOECDによる「日本の教育政策」は、戦後新しい教育制度が確立して初めての外国から見た日本の教育に関する公式の報告書である。
調査団は、日本の教育全般にわたる問題のひとつとして「教育制度内部において、合意と協力よりも、権力と威圧の関係が強く見られる」ことに対し警鐘を鳴らしている(文部科学省『学制百二十年史編集委員会』より)。

要するに、「権力と威圧」ではなく、「合意と協力」の教育観の形成を求められているのだ。