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「天災は忘れた頃にやってくる」で知られる物理学者・寺田寅彦の知られざる業績

サイエンス365days

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

知られざるノーベル賞級の業績

1878年の今日(11月28日)は、物理学者・随筆家として活躍した寺田寅彦の誕生日です。 東京に生まれた寺田寅彦は、幼少期に家族で高知へと転居し、熊本の第五高等学校に入学します。ここで英語教師をしていた夏目漱石と出会い、生涯彼に師事しました。

寺田寅彦

東京帝国大学理科大学を卒業した寺田はドイツに2年間ほど留学し、帰国後に教授となります。また、理化学研究所や地震学研究所などの研究員も兼務しました。

様々な分野で功績を残した寺田寅彦ですが、中でも目を引くのはX線による結晶構造解析、いわゆるラウエ斑点の研究です。

ラウエ斑点とは単結晶にX線を照射し、回折像を撮影したときに現れる周期的な黒い斑点のことで、この斑点列を基にして結晶構造を解析することが可能になります。

寺田はこのラウエ斑点についての研究方法を改良し、1917年に学士院賞を受賞しました。この業績から寺田を「日本におけるX線結晶組織学の祖」として位置付ける人も少なくありません。

ノーベル賞級とも言われるこの業績ですが、寺田が2年ほどでX線回析の研究から離れてしまったことなどから寺田とX線についての関係はあまり知られていません。

むしろ一般に有名なのは災害研究についてで、関東大震災後に述べた「天災は忘れた頃にやってくる」という警句は非常によく知られています。

また、彼は吉村冬彦という筆名で随筆を多く残したほか、藪柑子の名前で句集『ホトトギス』に俳句を投稿していました。

自然科学の知見に基いた彼の著作は現在でも多くの人に愛読されています。