photo by gettyimages

えっ! 集団免疫では新型コロナ封じ込めが難しいって本当?

何も対策しないと6割が感染も大間違い

集団免疫論を信じたイギリスとスウェーデンの失敗

「集団免疫」という言葉は昔からあるのですが、私がこの言葉を久しぶりにテレビニュースで耳にしたのは、新型コロナウイルス感染症が報告されてから間もない、2020年3月初め、イギリスからのニュースでした。

イギリスのインペリアルカレッジロンドンの疫学の教授であるニール・ファーガソン氏が、「人口の60%が感染すれば流行が収束するはずなので、国民の多数がこのウイルスにかかることで社会に『集団免疫』をつけることが望ましい」と主張したのです。イギリスのボリス・ジョンソン首相は、この説に従って、イギリスでは「集団免疫の獲得を流行収束の目標とする」という政府の基本方針を打ち出しました。

イギリスはそもそも感染疫学の発祥の地でもあり、国内では賛否両論があったものの、多くの人たちは、「集団免疫は獲得可能」と信じ、一方、政府は感染者の自宅隔離以外は積極的な感染対策は打ち出さず、学校も社会も以前と同様に活動を続けたのです。

 

ところが、イギリスではその後も感染者が急激に増え続けただけでなく、死者も予想を超えて増加し続けました。その結果、ジョンソン首相はついに方向転換せざるを得なくなり、集団免疫は棚上げにして、4月以降はロックダウンをはじめとする政策をとるようになったのです。

しかし、その決断は残念なことに「時すでに遅し」でした。結局、イギリスでは2020年9月2日時点で、30万人を超える感染者と4万1000人の死者が出ました。人口100万人当たりに換算すると、感染者は4962人、死者は611人と、ヨーロッパではスペインに次ぐ「感染大国」となったのです(ちなみに同時期での日本の人口100万人当たりの感染者は541人、死者は10人です)。

【写真】ロンドン中心部のユニバーシティカレッジ病院前イギリスは欧州でスペインに次ぐ「感染大国」になってしまった(ロンドン中心部のユニバーシティカレッジ病院で) photo by gettyimages

実は、同様のことがスウェーデンでも起こりました。国の疫学政策を主導する公衆衛生局の疫学者アンデシュ・テグネル氏が、新型コロナウイルスに対しては「都市封鎖をするよりは、多くの人が感染して集団免疫を目指すのが早い」と主張して、国全体が強い行動規制はせずに、集団免疫の獲得を目指しました。

その後、スウェーデンではこれまでに人口100万人当たりの感染者は8360人とイギリスよりもずっと多くなり、同じく人口100万人当たりの死者も575人と、ヨーロッパでは最大クラスの数字となっています。つまり、どちらの国でも、一定期間を見る限りにおいては、集団免疫策は成功しなかったように見えます。

【写真】アンデシュ・テグネル氏スウェーデン公衆衛生局の疫学者アンデシュ・テグネル氏 photo by gettyimages

そもそも集団免疫って何ぞや?

それでは集団免疫とはどのようなことでしょうか? 集団免疫とは、特定の集団が感染症にかかるか、あるいはワクチン接種をすることにより、多くの人が免疫を獲得し、それにより集団全体が感染症から守られるようになる現象のことです。

集団の中で免疫を持っている人が一定割合以上いると、感染するのは一部の人に限られ、集団の大部分には感染が広がりません。あたかも集団全体に免疫状態が出来上がっていて、特定の感染症から守られているように見えることから、集団免疫とよばれるのです。

あたかも集団全体に免疫状態が出来て、特定の感染症から守られているかのようなことから、集団免疫とよばれる photo by gettyimages

社会が集団免疫を獲得するためには、その社会の中に一定以上の割合で免疫保有者が存在することが必要です。この最低限の割合のことを「集団免疫閾値」といいます(閾値とは、一定の反応を起こさせるために必要な最小値のことです)。この値は感染症ごとに異なります。それは感染症によって感染力が異なるからです。

新型コロナウイルスはいまだ未知な部分が多く、感染力がどの程度のものか評価が確定していません。また、人々が3密回避やマスク着用などの予防策を徹底すれば、ウイルスの広がり方も抑制されるため、感染力も社会的状況によって大きく変動します。

2020年3月頃は、欧米の公衆衛生の専門家は、新型コロナウイルス感染症の集団免疫閾値は60%程度と考えていたようです。集団免疫説によれば、新型コロナウイルスでは集団の6割以上が免疫を持っていれば感染が収まることになります。ところが、世の中ではこの6割という数字が独り歩きして、間違って使われて大きな混乱を招いています。

私がこの集団免疫のことについて「大きな誤解」があることを理解したのは、2020年4月15日の厚生労働省クラスター対策班の記者会見の際のことでした。西浦博氏(当時、北海道大学所属、現在は京都大学)が、われわれは新型コロナウイルスに対する免疫を持たないので、何も対策をしないと、今後、重症者は約85万3000人、死者は約42万人となる可能性がある、という旨のショッキングな予測をしたのです。

この予測は、重症化率1%前後という仮定のもとに、日本国民1億2600万人の6割以上が感染した場合に成立するものです。すなわち西浦氏は、何も対策をとらないと、日本国民の6割以上が感染すると考えていたことになります。

実は、この予測は、英国で集団免疫論を主導したニール・ファーガソン教授の「何も対策をとらなければ、最悪の場合、イギリス全体の6割が感染する」という主張に合致するものです。都市封鎖を行わなかったスウェーデンのアンデシュ・テグネル教授も同様の主張をしています。西浦氏も同様な考えを持っていたと思われます。