大ヒット『鬼滅の刃』の隠れた凄まじさ…「男らしさの描き方」の新しさに注目せよ

「長男だから我慢できた」の意味

「俺は長男だから我慢できたけど次男だったら我慢できなかった」──これは、現在劇場版が上映中で、公開から10日間で興行収入100億円を突破、歴代興行収入の記録(『千と千尋の神隠し』の308億円)の塗り替えも視野に入る大ヒットとなっている『鬼滅の刃』の原作第24話からの、主人公・竈門炭治郎(かまど・たんじろう)の台詞(独白)である。前の戦いでの傷の痛みについての台詞なのだが、これがいかにも文脈を欠いていて奇妙なのだ。次男だったら我慢できないというのは一体どういうことか?

これに類する、「男だから」といった台詞がちりばめられ、全体として「父的なものを継ぎ、家族を回復する」というテーマを持つこの作品は、非常に古い家族の価値に舞い戻っているのではないか(フェミニズムの用語を使えば家父長制〔簡単に言えば、家長=父が絶対的な権力を持つ制度。長男によって家系が受け継がれるため、長男の地位が高まる傾向にある〕に回帰しているのではないか)という意見は散見される。

だが私は、『鬼滅の刃』における男らしさや家父長制への回帰は、単純な回帰ではあり得ないと考えている。そのことを理解するためには、『鬼滅』だけを見るのではなく、ポピュラーカルチャーにおける男性主人公とそこに表現される男らしさの変遷を見ていかなければならない。

 

『バガボンド』が完結しない理由

まず、同じ剣の技を軸とする漫画だからというわけではないが、井上雄彦の『バガボンド』について考えてみよう。吉川英治の『宮本武蔵』を原作とする『バガボンド』は雑誌『モーニング』に連載され、単行本は第37巻まで出版されているが、当然のクライマックスである佐々木小次郎との対決を前にして連載は休載されたまま5年以上になる。

この休載には、ある種の必然性があるように思える。それはある種の男性性、男らしさの行き詰まりと無関係ではない。『バガボンド』は青年漫画ではあるが、主人公がどんどん覚醒していって強さを手に入れるという、『週刊少年ジャンプ』などでもおなじみのパターンをたどる。だが、京都の吉岡一門の最強の剣士・清十郎を倒し、復讐に燃える吉岡一門を皆殺しにしたところで、武蔵の実質的な強さは最高潮に達してしまう。

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