死別しても幸せになっていいんだよ

「いま辛い思いをしている人に、夫と死別しても幸せになれるし、なっていいんだよって、伝えたいんです!」

田中真弓さん(44歳)は、12歳と10歳の息子を育てるシングルマザー。9年前、35歳のときに同じ年の夫と死別した。あまりにも突然の別れだった。

当時、真弓さんは専業主婦で、子どもは3歳と0歳。

「しばらくは葬儀や保険の手続きなどに追われ、それが終わってからは『とにかく仕事をしなきゃ』と就職活動をしたんですが、うまくいかず…。あるとき心の糸が切れてしまい、実家に引きこもってしまいました。子どもの世話も母に任せて、しばらく廃人のように布団の上で過ごしました。正直、そのころのことはあまり覚えていないんです」

そんな真弓さんが、いまはすっかり立ち直り、いきいきと暮らしている。
大切な人を失った闇から、彼女はいかにして抜け出したのか。
真弓さんの話を聞いた。

上條まゆみさんの連載「子どものいる離婚」は33回目を迎える。今回お話しを伺ったのは、実は離婚をした方ではない。お子さんがまだ幼いころに夫を事故で亡くした真弓さんだ。多くの方々の話を聞いてきて感じたのは、離婚するしないにかかわらず、子どものいる女性も男性も、依存をするのではなく自立することはとても大切だということ。専業主婦で「依存体質だった」という真弓さんは、夫の突然の死からどのように歩みを進めたのだろうか。
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大学の同級生カップル

真弓さんと夫は、大学の同級生同士。グループで仲よくしていた。真弓さんは友だちの一人という認識だったが、夫は真弓さんのことが好きだった。卒業後、しばらく会わない時期があり、30歳の手前で再会。夫からのアプローチで付き合い始めた。
「私は当時、小さな会社で働いていたんですが、そこがいわゆるブラック企業で、とても大変で。もう仕事はいいや、結婚したいな、と思っていました。そんなとき夫に『実は一目惚れだった』と告白されて。夫のことは友だちとしてすごく信頼していたので付き合い始め、ほどなくプロポーズされました」

結婚にあたり、真弓さんは「仕事を辞めて専業主婦になりたい」と宣言。IT企業勤めで、安定した給料を得ていた夫は快く了承してくれた。
「それまで実家暮らしで、仕事はしていたけれどお金の心配はしたことがなく、ずっと親に依存していました。結婚したら、夫に依存するかたちになりました。我ながら、甘えていたなと思います」

夫はやさしく、真弓さんを大事にしてくれた。真弓さんも熱い恋愛感情ではなかったが、夫の人間性に惚れていた。
「自然体で家族になれました。夫との生活は等身大の自分でいられて、居心地がよかった」
すぐに長男、2年後に次男を授かった。幸せだった。

長男が2歳のときに次男を妊娠。幸せを絵に描いたような家族だった(写真はイメージです。写真の人物と本文は関係ありません) Photo by iStock