大阪都構想で“敵認定”された「大阪の公務員」、彼らが語った「やりきれぬ思い」

維新は大阪を「利用」してきた
松本 創 プロフィール

先の職員とは別の、50代の元市職員がため息交じりに語る。

「真面目に勤めても、給料を減らされても、市職員というだけで『楽な仕事やな』『税金で食えて、ええ身分やな』とよく言われました。何十年も前は、そういう時代があったんでしょう。窓口対応が横柄だとか、満足に仕事もせず定時で帰るとか。今は時代が変わっているのに、公務員に対する悪いイメージだけは、そのまま残っている気がします。公務員叩きで支持を集めてきた維新の影響もあるんでしょう」

 

維新の議員をまとめる「スローガン」

「都構想」の原形となる府市再編構想を橋下氏が最初に口にしたのは10年前、2010年1月のことだ。府知事になって2年が経とうとする頃。就任当初から橋下府政改革を支え、後に副知事を務めた小西禎一氏は「非常に唐突に感じた」と振り返る。

「それまで府政改革を進める中で、大阪市とのいわゆる『府市合わせ』で物事が進まないということはなく、府市再編や都区制度が必要だと庁内で議論したこともありません。むしろ、破綻した市のWTCビルを2009年に府が買い取ったように、大阪の負の遺産を府市が協調して解決していこうと話ができていたんです。

その前年の2008年には、橋下氏に命じられ、私が地方分権改革ビジョンをまとめましたが、そこでは基礎自治体に権限を委譲し、大阪市も含めた府下の市の機能を強めていく方向を目指した。彼も了承していたんですよ。それなのに突然、大阪市を廃止して府に権限を一元化するという、真逆の話になった。なんでまたそんなことを言い出すんや、と戸惑いました。水道事業の統合をめぐって市と対立したのがきっかけと言われたりしますが、それは別に原因になるようなことではなかったはずです」

小西氏(筆者撮影)

もっとも歴史を振り返れば、大阪府と大阪市の間で都市制度をめぐる対立が何度かあったのも事実だ。府では1955年、市町村を自治区とし、「都」が広域行政を担う「大阪商工都構想」を表明したのをはじめ、橋下氏の前任の太田房江知事時代にも、同様の案が浮上している。

財源が豊かで、対等の権限を持ち、プライドも高い市に対し、「言うことを聞かない目障りな存在」と感情的に反発する府職員も少なくなかったという。同様のことが府議会と市議会の関係においても言えた。松井氏が橋下氏に「都構想をやろう」と持ち掛けたのも、それが背景にあったかもしれない。

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