大阪都構想で“敵認定”された「大阪の公務員」、彼らが語った「やりきれぬ思い」

維新は大阪を「利用」してきた
松本 創 プロフィール

調べてみると、大阪市の職員削減は1997年から始まっている。以降、「關改革」と呼ばれた關淳一市長時代(2003~2007年)に約6300人減、続く平松邦夫市長時代(2007~2011年)には約5000人減で、計約1万1300人が削減された。

単純に数字だけ見れば、維新時代の方が多く見えるが、実はここには組織改編による身分変更が含まれている。關時代には大阪市立大学、平松時代には市立工業研究所が独立法人化されて市から切り離された一方、橋下時代には市立病院の独立法人化、吉村時代には下水道部門や交通局の民営化などがあった。こうしたものを除けば、關・平松時代の8年間で計約1万人減、橋下・吉村時代の7年間で計約5400人減となる。

さらに付け加えれば、大阪市でも全国的な傾向と同じく、職員の非正規化が進んでいる。2008年~2019年までの12年間で、市全体の非常勤嘱託職員(市長部局・委員会・公営企業などの合計。OB除く)は、1845人から4924人と2.66倍に増えている。区役所をはじめとする窓口受付や証明書類の発行、生活保護や就労支援の相談、道路や公園の維持・管理、保育士や図書館司書まで、数多くの現場と業務が派遣・契約の職員なしには成り立たなくなっているのである。

吉村氏(筆者撮影)
 

繰り返すが、公務員の削減数を競うような「改革競争」に、私自身は賛同しない。コロナ対応で保健医療関係の職員や施設の不足が問題になったが、災害多発と超高齢化の時代にあっては、公共セクターをいかに分厚く保つかを考えるべきだと思っている。

だが、上記のデータをあえて記したのは、維新市政の前から大阪市が着実に「無駄減らし」に取り組んでいたこと、それにもかかわらず、いつまでも公務員を「無駄の象徴」のように指弾し、バッシングを続ける政治家の理不尽さを示すためである。大阪市廃止構想が一定の賛同を集めている背景には、公務員をむやみに敵視し、自治体を無駄の温床と見なす、過剰なリストラ思想と緊縮財政志向があり、その先には、市民が自らの生活の足元を掘り崩す未来が待っていると思うからだ。

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