ティラノサウルスの天下はわずか3日!恐竜時代を1年間にしてみたら

ティラノサウルス徹底研究 第3回
好評連載中の「ダイナソー小林の超肉食恐竜ティラノサウルス徹底研究!」。今回は恐竜たちが生きていた中生代を1年間のカレンダーに見立てて、前回紹介したティラノ軍団の誕生から滅亡までをわかりやすく紹介していただきました。
 

ティラノ軍団が現れたのは梅雨の時期

恐竜が生きていた中生代は、別名「恐竜時代」とも言われます。古い時代から「三畳紀」「ジュラ紀」「白亜紀」で構成され、三畳紀の始めが約2億5190万年前、白亜紀の終わりが約6600万年前と定義されています。

しかし、これでは時間軸があまりにも長過ぎて、あまりピンと来ないでしょう。そこで中生代の始めを1月1日、終わりを12月31日としてみると、おおよそ次のようになります。

 三畳紀 ……1月1日から4月10日(元旦から桜の季節)
 ジュラ紀……4月10日から7月29日(桜の季節から海水浴の季節)
 白亜紀 ……7月29日から大晦日(海水浴の季節から大晦日)

ティラノ軍団がアジアやヨーロッパに誕生したのはジュラ紀中期のことです。最初に登場するのは三軍メンバーであり、キレスクスやプロケラトサウルスなど。恐竜カレンダーで言えば、6月14日から15日くらいの時期で、日本ではちょうど梅雨時ということになりますね。

同じく三軍に名を連ねるグアンロングはそれより少し後で、6月の終わり頃(ジュラ紀カロビアン期―オクスフォーディアン期)に登場します。さらに三軍でしぶとく頑張っていたのがシノティラヌスで、9月の後半(白亜紀アルビアン期)まで粘っていたものの、結局は二軍に上がることはできませんでした。

他方、二軍の舞台は主に、アジア、ヨーロッパ、北米であったようです。三軍が出現した同時代にも二軍メンバーも存在していたはずなのですが、今のところ化石は見つかっていません。二軍メンバーの一番古い証拠はストケソサウルス(ジュラ紀後期ティソニアン期)で、季節的には夏には姿を現していることになります。

ところが二軍メンバーたちは、どうやら失踪癖がある様子。8月の海水浴シーズンになると、二軍はどこかに遊びに行ってしまったのでしょうか、姿が見つからないのです。

ディロングやエオティラヌスは8月終わりから9月上旬にかけて棲息していたはずですが、それまでどこにいたのか、消息はつかめていません。その後、夏の終わりから10月のハロウィン前までラプトレックス(白亜紀バレミアン期-アプチアン期)とシオングアンロン(白亜紀アプチアン期)といった二軍メンバーたちは頑張っていましたが、10月の終わりから11月27日あたりまで、彼らはまたしても失踪してしまいます。

そして、11月27日(白亜紀サントニアン期の終わり)以降は、アパラチオサウルス(白亜紀カンパニア期)、ビスタヒエヴェルソル(白亜紀カンパニアン期)、ドリプトサウルス(白亜紀マーストリスチアン期)が姿をあらわします。

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