韓国紙が「文在寅」を猛烈批判…行き詰まる「反日・従北」路線に大ブーイング!

文在寅「後」の韓国を見据え始めた
武藤 正敏 プロフィール

日本は「譲歩」してきたが…

その間、日本政府は韓国との関係を重視し、韓国の経済発展に協力した。請求権協定の資金協力に加え、70年代までは毎年有償・無償資金協力、技術協力を続けた。

そればかりでなく、浦項製鉄の設立にあたっては、世銀などが反対していたにもかかわらず、新日鉄の稲山会長は、日本は韓国に対しできる限りの協力をすべきだとして、全面的な協力に乗り出した。

日本の協力は併合への反省もあって真摯なものであったが、韓国では他国の経済協力は新聞などで報じても、日本の協力については報じなかった。

日韓間ではたびたび歴史問題や貿易問題などをめぐり対立した。多くの場合、日本は韓国の立場に配慮し譲歩を続けた。交渉の局面で韓国側から譲歩案が出てくることはまずなく、日本側が案を提示し、これに韓国側がコメントする形で交渉が進められた。韓国政府が解決案を出すことは弱腰外交の非難を浴びるためできなかったのであろう。

 

しかし、韓国側の心情としては、日本は韓国を併合したのだから、韓国には配慮すべきとの感情があった。

韓国が成長すれば、より対等な関係になるかと思ったが、むしろ韓国は成長したので日本の言いなりになる必要がないとの考えが芽生えてしまった。

こうした中、日韓関係が比較的良好だった時期は、良好な日韓関係は韓国にとってメリットとの信念を持った大統領がいた時である。