中野信子さんが考える、ネットの言語空間とは異なる「本のよい点」

人間に必要なのは、静かで温かい思索
中野 信子 プロフィール

心が冷えるとき、心が躍るとき

ここほどではないと思いたいが、世の中の知的水準はこれとそう掛け離れたものでもないのかもしれない

見かけばかりは豊かで繁栄しているようだけれど、日本の実態はそれほど、余裕のないところまで来ているということか。

そういった事実の、これは残酷な反映でもあるのだとしたらとても悲しい。

 

はなからシンプルなライフハックを求めて来られてしまうと、ああ、この人はこれまでに、中野の傾向などほとんど知りもせず、おそらく本を一冊も読んだことすらなく、適当に名前を見かけた程度のきっかけで話を持ってきただけなのだな、と心が冷えてしまう。

どうしてもお受けしなければならないときは表層1ミリくらいのところで、お仕事を振ってきた方と同じくらいの適当さをもって簡潔にビジネス的にお答えするようにしている。

一方で、その人の持つ独特のリアリティが反映され、その問題に寄り添うことでともに新しい世界が見えてくるようなお悩みを伺うときには、心が躍るような思いがする

週刊文春WOMANの連載企画「中野信子の人生相談」にお寄せいただいた「自分は虚言癖があり、困っています」というご質問は印象的で、たいへん興味深く感じた。

ウソをつきがちな脳の持ち主については京都大学の阿部修士先生のすぐれた研究があるので、これを解説しながらまた後に書き記していこうと思う。

人を救う情報は伝わりにくい?

一方で、何度も繰り返し訊かれてきたようなことを質問され、何度も同じようなお答えをすでに返しているのだが、といいたくなるようなことを訊ねられると、なんだか落胆してしまう。

剰(あまっさ)え、刊行物にもなっているような問いを受けるとき、ひどく残念な気持ちになってしまう。

本気でその答えを探しているのであれば、どこかで私が同じことを述べているのを見聞きしているはずではないのだろうか?

すでに書籍になっている内容を、インタビューで口頭で実際にお会いして伺いたいんです、と言われるときなどは、コロナの問題があるので……と苦し紛れに言ってしまう私の心的負担を、どうか斟酌していただけないものかと、私の方が、逆に悩み相談をしたくなってしまうくらいだ。

フェイクニュースやデマや人の悪い噂はあっという間に広まる感があるのに、人を癒やし、救うかもしれない情報というのは、これほど伝わりにくいものなのか、ともどかしくなってしまう。

メディアで発言する場をいただくようになってから数年経つが、この問題はちゃんと考え始めるとなかなか興味深い。

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