中野信子さんが迫る、脳と学芸員の仕事の「知られざる共通点」

見えにくいものにこそコストをかけよ
中野 信子, 熊澤 弘 プロフィール

熊澤 展覧会が近づくと、その準備のためにみなが忙しく動いているように見えます。直前はとても忙しいのですが、実際は長い時間をかけて準備をしていて、展覧会が始まる数年前からずっとやっているんです。

資料を展示することができるか確認する、それがよければ展示する場所に移動させる、そして展示する。

 

もちろんその前に、作品をいれるためのケースを作製したり移動させたりするのにも予想以上に手間がかかります。そして、展示されている作品を説明するパネルやキャプションを作成することも必要です。こういう施工・展示には時間もお金もかかっています。

ただ、開館していないときにもミュージアムは静かに中で動いています。それはミュージアムにとっての日常的な仕事で、そのなかには、作品や資料を整理したり、調べたり、様々なドキュメントを作成したりします。

将来に向けての準備をする、ということもあれば、掃除をするといったことも当然やっています。

ミュージアムでは絶えず準備が行われている(photo by iStock)

展覧会をつくる仕事だけでなく、展覧会には出ない作品の管理、作品調査には常に労力もお金もかかっている。これらは見えにくいものですが、ミュージアムの根本をなす仕事になるわけです。

「知識の蓄積」に価値がある

中野 たとえば、一時的に流行してメディアに出たり、有名になったり、人気を博したりするタイプのミュージアムもありますが、必ずしも文化史的な視点から評価されるかというとそうでもない。

派手なアピールをしないかもしれないけれど、他が持ち得ない知識の蓄積がそこにはあるなという共通認識を得ていると、そうした評価につながるようですね。

人でもそうです。出てくる言葉のボキャブラリーが普通の人と違ったり、普段使う言葉でも漢籍を引用した言葉がスッと出てくるとか、仏典に詳しいとか、哲学が好きで教養が深いとか。

そういう素養は、外からはどこに貯まっているのか見ることはできないのだけれど、その人の脳の中にあるわけですよね。

その人の持っているアーカイブが違うから、それぞれの個性が出るし、対話をする楽しみが生まれる。けれど、その部分をないがしろにして、筋肉や瞬発的な判断力だけ鍛えましょうということからは、人としてその人に会いたくなるような魅力的な何かは生まれそうにありません。

明日生きるための活力はそういう人のほうがあるかもしれないけれども、長い間を、世代交代しながら、記憶を学習のリソースとして生きる生物種である人間としてはどうでしょうか。

そういった短期的に目減りするものより、未来に生きる記憶としての知識の蓄積のほうにより傾注した方が、サステイナブルかつ実はお得なんじゃないかしら、という感覚が私にはあるんですよね。

熊澤 なるほど、知識の蓄積ですね。私としては、知識や情報が集められ、積み重ねられた状態の場を、ミュージアムと理解しています。それって、人間の記憶の状態ともリンクするかもしれませんね。