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中野信子さんが迫る、脳と学芸員の仕事の「知られざる共通点」

見えにくいものにこそコストをかけよ
脳科学者の中野信子さんは、「ミュージアムと脳は似ている」と言います。では一体、どこが似ているのでしょうか? そして、学芸員はどんな仕事をしているのでしょうか? 中野さんと、博物館学が専門の東京藝術大学美術館准教授・熊澤弘さんが、美術館・博物館の深遠な世界を語り合う新刊『脳から見るミュージアム アートは人を耕す』。その一部を特別公開します。

【告知】新刊『脳から見るミュージアム』刊行を記念して、12月3日(木)19時より、中野さんと熊澤さんによるトークイベントを開催します(オンライン参加も可能)。お申し込みは、銀座 蔦屋書店のHPからどうぞ!

 

学芸員の使命

中野 学芸員の果たすべき役割について、一言明示しておかなければ、と常々思っていた事柄があります。

学芸員の仕事に関して、2017年に、某大臣が「一番のがんは文化学芸員と言われる人たちだ。観光マインドがまったくない。一掃しなければ駄目だ」という、近視眼的といえるようなコメントをされたことがありました。

地方創生とは端的に言って経済的な利益を上げることなのだから、学芸員の人たちも観光マインドを持って、観光客が喜ぶようなパフォーマンスをやれ、文化財のルールを守っているだけではダメだという主旨です。

たしかに一理あるようにみえる。しかし、これは民間の発想です。もちろん利潤の追求は大切。ただ、公的なものを仕切る存在として大臣の職にある方は、国家百年の計という視点から文化と学芸員の意義を捉えてほしかったなと思ったのです。

熊澤 本当に哀しかったですね。

たとえば、国宝の《鳥獣人物戯画》は面白いですよね。カエルとウサギが相撲をとっている有名な画巻です。よく、日本最古の漫画といわれたりもしますが、漫画の元祖であるかどうかは別にして、即興的な筆遣いで動物たちを擬人化した表現は自由で魅力的ですね。

もし、この鳥獣戯画を見たくて人が集まることだけに注目して、この実物を365日ずっと展示しておけば、たしかに観光立国を目指す、という点だけで考えたら、お客さんが集まるでしょうね。

しかし、そのようなことをしたら、あっという間にこの巻物は傷み、そのダメージは計り知れない。800年くらいも前の平安から鎌倉時代に描かれたものですから、ただ出すだけで傷んでしまいます。

紫外線は文化財の天敵(photo by iStock)

中野 不眠不休で人間を24時間、365日働かせ続けるようなものですね。そんなことをしたら脳は不可逆的なダメージを負ってしまいます

熊澤 これに対して、展示する日数を決め、ダメージを極力減らすように配慮して展示することを職務として、そして職業倫理として行うのが、学芸員の使命なんです。

中野 長く健康でいられるように、巨視的な視点から戦略を立てて管理するというのが、生命体とのアナロジーを感じるところです。

図書館の司書の役目

熊澤 同様のことは、図書館の司書の方々にも言えます。何も知らない人にとっては、司書というのは、図書館の窓口で本のバーコードをピッとやって貸し出して、ピッとやって受け取っているだけ、と思っている人もいるかもしれません。

ですが、博物館に対して博物館法があるのと同じように図書館にも図書館法があります。図書館は「図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供」する、という社会教育機関としての役目があり、このミッションを実行するために専門職員として「司書」がいます。

そのなかでは、レファレンスといって、利用者のために図書を探すことをサポートするのも重要です。これは「図書館資料について十分な知識を持ち、その利用のための相談に応ずる」という職務に即した、専門的な仕事なのです。

中野 脳についても同じような質問を、一般の人から受けることがあります。なぜ人は休むのか、眠るのか、と。それがなければもっと活動できるのに、というのです。しかし、人は眠ることによって長期的な活動ができ、却(かえ)って効率良く物事を処理できるのです。

熊澤 とても大事な仕事なのに、一般の人々には見えにくいということがあるんですよ。このように、目に見えにくく華々しい仕事ではないけれど、重要な役目を果たしている、というのが、学芸員であり司書というわけです。