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爪剥ぎ、人間を矢の的に、女性を無理やり…日本史上に残る「最悪な暴君」たちの逸話

加来 耕三 プロフィール

額に十字の焼印

しかし、キリシタンとして教義を身につけていたおたあにすれば、自分の主はただ1人、デウスのみであり、いかに命令であろうとも、家康の侍妾にはなれない、と生命(いのち)を懸けて抵抗し、その命令に従わなかった。

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慶長17年3月、天主教禁令を出した家康は、おたあを捕えて、

「そちは伏見から江戸、さらには駿府と忠勤を励んだこともあり、棄教すれば一切の咎はないが、もし強情をはるというなら、見せしめに同僚の邪教徒の顔に刺青をしたうえで、島流しとし、さらにはそちにも、遠島を申しつけるがどうじゃ」

と迫った。おたあは悩むが、ついには意をひるがえさず、

「お上よりの大恩はありがたく存じますが、わたくしの仕えるのは神(デウス)ただお1人にございます」

と、泣きながら答えた。家康の城には、ルシアとクララという洗礼名の、おたあと仲のよい上臈(二位、三位の女官)がいたが、2人は額に十字の焼印を押され、鞭うたれて流島の刑に処せられる。

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