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【小説】戦死した父と遺志を継いだ息子、ふたりをつなぐ「たったひとつの願い」

伊与原新『八月の銀の雪』の1編を公開【第5回】

地球惑星科学を専攻し、東京大学大学院博士課程を修了した異色の経歴を持つ小説家・伊与原新さん。最新作『八月の銀の雪』は、天文、気象、生物などがテーマに、科学のエッセンスが登場人物の傷ついた心を優しく包み込む物語です。本書収録の気象をテーマにした1編「十万年の西風」を5日連続掲載で公開します。

●前回はこちら → 【小説】第二次大戦、日本の「陸軍登戸研究所」ではこんな秘密兵器が作られていた…!

【前回のあらすじ】

辰郎に、滝口は太平洋戦争で日本軍が開発した「風船爆弾」の話を持ち出した。なんと、二人のいる五浦海岸が「風船爆弾」の放球基地の一つだと言うのだ。

歩いて10分ほどの放球台跡地へ辰朗を連れていった滝口は、気象庁――当時の中央気象台にも、風船爆弾でアメリカ本土に空襲をかけるアイデアを温めていたチームがあったと話す。そして、陸軍の要請を受け、作戦が実行可能かどうか基礎研究を行ったそのチームと自分の「つながり」について話し始めた。

十万年の西風(5)

県道を反対側に渡り、来たほうに五十メートルほど戻る。

すると、右手の草地の奥、木々が生い茂る斜面の下に、立派な石塔が建っていた。正面に大きく〈鎮魂碑〉と彫られている。滝口のあとについて近づいていくと、その横に小さく刻まれた文字まで読み取れた。

「〈風船爆弾犠牲者〉」それを声に出した。

「父もその一人です。放球時に、事故がありましてね」

「え――」

言葉につまった辰朗に、滝口は静かに語り始める。

 

「父は、大学で物理をやったあと、気象台に入りました。最初に配属された高層気象台では、気球や凧を使った高層気象観測の仕事をしていたようです。

四年ほどで東京の中央気象台に異動になって、母と見合い結婚をして、僕が生まれた。それから荒川さんのチームに呼ばれたことは、さっきお話ししたとおりです。

一九四四年になって結果がまとまり、風船爆弾作戦にゴーサインが出ると、チームは解散になりました。そのあと父は、陸軍の気象部に転属になったんです」

「軍にも気象部門があったんですか」

「もちろんです。とくに、航空機による作戦を展開するには、きめ細かな気象データが欠かせない。大戦中は、気象連隊が各地に展開して独自に気象観測をおこなっていました。国内だけでなく、中国、朝鮮、満洲、東南アジアでも。

風船爆弾の放球部隊は、気象状況によってその日の放球の可否を決めます。当然ながら、陸軍気象部と中央気象台の協力を仰いでいた。父は、新米の技術将校として、出来たばかりの放球部隊の本部、ここ大津基地に派遣されました。中央気象台に顔がきき、高層気象にも詳しい。たぶんそういうところを見込まれたのでしょう」

「じゃあ、毎日ここで気象観測をされていたんですか」