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「敵基地攻撃能力」はなぜ必要とされたのか?迷走する議論を振り返る

「モノの議論」から脱却が必要だ

敵基地攻撃能力の議論が政府や与党内で進んでいる。敵基地攻撃能力の保有はまことに結構だが、現在議論されているような案では、日本の安全を保障することは不可能だと筆者は考える。

その理由は、第一に、兵器などのハード(モノ)を中心に解決策が立案されている点、第二に、時代遅れの抑止論を前提として議論が進められている点、そして第三に、日米同盟に依存した両国の防衛上の役割分担を前提としていることにある。

 

「敵基地攻撃能力」が出てきた経緯

詳しく説明する前に、この「敵基地攻撃能力」保持を巡る議論に至る背景を整理したい。

出発点は2017年3月、北朝鮮のミサイル能力向上を念頭に、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の導入が検討され始めた時だ。イージス・アショアの導入で、弾道ミサイルに対する防空能力を担保しつつ、警戒監視任務に張り付けとなっている海上自衛隊イージス艦と防空機能をローテーションさせることが可能となるはずだった。

ルーマニアに配備されている米軍のイージス・アショア(写真:アメリカ陸軍工兵司令部公式サイトより)

イージス・アショア導入決定の根底には、「拒否的抑止」の理論が据えられていた。

拒否的抑止とは、特定の攻撃的行動を物理的に阻止する能力(相手の弾道ミサイルを迎撃し撃破する能力など)に基づき、相手の目標達成可能性に関する計算に働きかけて攻撃を断念させるものである。要するに、やっても意味がないからあきらめろ、ということだ。

しかしイージス・アショアは、迎撃時に、迎撃ミサイルブースターが住宅地を含む周辺に落下することが問題となり廃案となった。この廃案を受け、自民党が主導する代替提言において、「敵基地攻撃能力」の保有が盛り込まれた。安倍晋三前首相は、日本の抑止能力向上のため、「敵基地攻撃能力」の保有について「迎撃能力を上回る能力の確保が必要」と談話で述べ、積極的な姿勢を見せていた。