宇野重規が読み解く政治の混乱。民主主義を諦めるにはまだ早い

「本当の政治参加」とはどういうことか
宇野 重規 プロフィール

指導者の言葉

民主主義(democracy)という言葉の語源は古代ギリシアにある。民主主義の起源をどこに見出すかについては、もちろん議論がある。

古代ギリシアだけが唯一の起源ではないことはたしかだろう。だが、古代ギリシアにおける民主主義の実践については、やはり見るべきものが多い。

例えば、民主主義が最盛期だった都市国家アテナイにおいて、すべての公職が抽選によって選ばれたのは有名な話だろう。選挙で政治家を選ぶのは貴族的で、すべての市民が交互に公職につく方がより民主的であるという発想は、ある意味で驚異的ですらある。

唯一の例外は将軍職であり(選挙で選ばれた)、有名なペリクレスをはじめ、優れた政治家はこの職につくことが多かった。とはいえ、そのペリクレスもまた、民会で話すときは一市民としての資格においてであった。

考えてみて欲しい。古代ギリシアの都市国家においては、職業軍人もいなければ、警察官も存在しなかった。指導者は最後の最後まで、強制力を欠いたまま、己の言葉のみによって他の市民を説得するしか方法がなかったのである。

同じく抽選で選ばれる評議会こそ存在したが、官僚制をあてにするわけにもいかなかった。そのような条件において国政を担う政治家の厳しさを思うとき、古代ギリシア史家として著名なフィンリーの言葉が実に重く感じられるだろう。

〈アテナイの政治指導者であることの条件を最もよく表す言葉を一つだけ選ばなければならないとしたら、それは「緊張」という言葉になる〉(『民主主義 古代と現代』、講談社学術文庫)。

 

緊張感と責任感

さらに興味深いのは、「違法提案に対する公訴(グラフェー・パラノモン)」である。これは民会や評議会で、法に反する提案がなされた場合、提案者を告発するための制度である。

民衆裁判で認められれば提案は無効とされ、提案者は処罰されることになった。後の違憲立法審査権を思わせる制度だが、民会で不当な提案をすれば、後々になってその責任を問われたのである。

アテナイの民主主義において、市民たちは実に大きな緊張感と責任感をもって発言し、行動せざるをえなかったことがよくわかるだろう。

その意味で言えば、民主主義とは、多くの人が無責任に発言し、決まるものも決まらない仕組みであると批判する人間は、民主主義そのものを批判しているのではない。

むしろ、公共の任務についての自らの緊張感と責任感の欠如を白状しているに過ぎないのではないか。少なくとも、古代ギリシアの市民たちは、そうではなかった。

そして、彼らは多数決を否定しなかったが、それはあくまで開かれた、緊張感ある議論を尽くした後であった。議論もろくにせず、多数決の名の下でゴリ押しをする現代のリーダーたちと同列に論ずることはできない。

選挙は民主的では「ない」?

議会制についても要検討である。よく学校の教科書に次のような記述がある。

「古代ギリシアで人々は広場に集まり、直接顔を合わせて議論したが、近代国家の多くでは、国民が実際に集まることが不可能なため、選挙を通じて代表者を選び、代わりに議論を行うことになった」

そして前者を直接民主主義、後者を間接民主主義(代議制民主主義)と呼ぶとご丁寧に説明してある。しかし、このような簡単な表現にこそ、民主主義をめぐる混乱が隠されているように思われてならない。

もちろん、日本のような国で、有権者が一箇所に集まって議論を行うことは非現実的だろう。が、問題は、ならば両者を同じ言葉で表現すべきではなかったのではないか、ということである。

繰り返しになるが、古代ギリシアで選挙は民主的ではないとされた。ヨーロッパの議会制にしても、その起源は身分制議会にあった。いわゆる議会制なるものは、本来、あまり民主主義と関係がなかったのである。

なのに、いつの間にか、民主主義とは代議制民主主義のことであり、民主主義といえばまず選挙をイメージするようになってしまった。

現在、代議制民主主義への信頼が低下していると報告されている。世界中に見られる現象だが、日本も例外ではない。その傾向はとくに若い世代に顕著であり、「代議制民主主義を信頼している」と回答する若者は、二割程度、もしくはそれ以下になっている。

多くの若者にとって、自分の声は政治に届いていないし、自分の力で政治を変えられるとも思っていない。現行の代議制民主主義に対する不信は明らかであろう。