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ノーベル賞経済学者の「大罪」…現実世界から遊離して現実経済で間違える

そもそも学生を利己的に洗脳するな

日本人は今年も経済学賞を受賞しなかった……

古くは北里柴三郎や、野口英世もノーベル賞受賞の資格を備えた研究成果を出したとされるが、有色人種であったせいなのか受賞には至らなかった……

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私の中での「日本人のノーベル賞」は湯川秀樹に尽きる。1949年に日本人として初めてのノーベル賞を受賞した時には私はまだ生まれていなかったが、敗戦で打ちひしがれた日本人に夢と希望を与えた出来事として、数十年もたった私の子供時代にも新聞やテレビで繰り返し取り上げられていた。

最近では、自然科学分野での日本人受賞が毎年の恒例となり、日本人の受賞者がいないと落胆するほどになった。

自然科学分野でのノーベル賞の役割・価値・権威に疑問を持つ人はほとんどいないであろう。私も、自然科学分野でのノーベル賞の貢献を絶賛する1人だ。

しかし「非自然科学分野」である平和賞、文学賞、経済学賞についてはどうであろうか? 1974年に佐藤栄作が平和賞を受賞しているが、この受賞は日本の平和主義全体に対するものともいわれた。

佐藤氏の受賞そのものに異論はないが、「平和」という漠然としたものに対する貢献の程度を図るのは実際問題難しく、政治的な思惑も見え隠れする。正直なところ、人選に賛同できないことも多い。

文学賞については、1968年の川端康成、94年の大江健三郎の2例があるが、「文学」という「個人の主観」を扱う分野に、自然科学系が主体の「ノ―ベル賞」がふさわしいのかどうかという議論もある。

そして、今年も日本人は経済学賞を受賞していないので、栄誉を受けた日本人はこれまでゼロである。だからと言って、ひがんでいるわけではない……

 

「ノーベル賞経済学者の大罪」(大原浩書評)といううそのものずばりの著書で一時話題を読んだ、ディアドラ・N・マクロスキー氏も、ノーベル経済学賞に関しては否定的である。