子どもの幸せを、親の尺度で決めていた

その帰り道、直人さんは電車の中で「産もう」と言った。

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夫婦は、翌日は、同じNPOから紹介された、産むことをあきらめた女性と面会するというとても貴重な経験をすることができたが、この時間も、直人さんの決心を堅いものにした。
直人さんは、その時の心境の変化をこう語ってくれた。

「産めないと思ったのは、まずダウン症について間違った思い込みを持っていたからです。そして、子どもの視点で考えればよかった、ということに気づいたんですね。ダウン症がない自分の立場でしかダウン症を見ていなかった私は、つまりひとりよがりな考え方をしていたということです。

産んでしまえば、そこからその子なりの生活が始まり、楽しいことがあることがわかりました。そして子どもが楽しく暮らしていれば、それは、楽しい家庭なのではないでしょうか?」

香織さんは、彼の意見が突然変わったことが最初は信じられなくて、何度も「本当?」と聞いていた。そして中絶する予約を取り消したときに初めて、もう、これで私は産めるんだ、という実感がこみ上げてきた。
香織さんは、再び母親に電話した。

「直人さんが『産む』って。『産んでいいよ』って言ったよ!」

娘が、産みたい子どもをおろすような悲しいことをしないで済むと知り、香織さんの母親はとても嬉しかったようだ。親族に次々に電話をして「香織がダウン症の赤ちゃんを産むのよ」と報告した。そしてまた、香織さんの親族は、誰もがそのことに賛同し、生まれて来ることになった命を祝福してくれた。
告知直後に地域の保健センターへ行った日から姫野さん夫婦が結論を出すまでの日数は、数えればたった6日間しかなかった。ただし、心痛のあまり、ひどく長く感じられた6日間だった。

「とても、そんな短い期間だったとは思えないね」

ふたりは顔を見合わせて、そう言った。