ダウン症の子を成人させた家族に会いたい

やがて、直人さんの見方が決定的に変わる出来事が起きた。

香織さんが、中絶の予約をする直前に連絡していたNPO法人から返信が来たのだ。「親子の未来を支える会」という、出生前診断前後のサポートを中立の立場からおこなっている組織だった。香織さんは、クアトロ検査を受けた頃インターネットでこの組織を知り「何かの時には連絡してみよう」と覚えていた。親子の未来を支える会では、出生前検査前後のサポートをチャット、対面相談などさまざまな形で行なっており、同じ葛藤を経験した家族と連絡を取れる仕組みがある。また、希望があれば、中絶をした家族の話を聞いたり、出産して子育てをしている家族と話をすることもできる。

親子の未来を支える会では、おなかの赤ちゃんが病気と告げられた方に向けたブックレットも作成している。妊娠の継続、中断のどちらを選んでもいいというメッセージを感じられるガイドブックだ 写真/親子の未来を支える会HPより

香織さんはそれぞれの家族と面会したいと希望した。ダウン症の子どもを育てている家族については、「一番心配なのは、大人になってからの暮らしだから、できればお子さんが成人したご家族に会いたい」と言ってみると、NPOは、その願いも聞いてくれた。

香織さんは直人さんに、家族に会う前に「質問票を作ろう」と提案した。好意で時間を割いてもらうのだし、何しろわが子の生死を左右する面会だ。障害が分かってから、受容までどの位かかったか。教育はどうしてきたのか、他のきょうだいはダウン症があるきょうだいとどんな関係なのか。幼年期、青年期、成人後それぞれの時期でどんなことに困り、これからどんな見通しを持っているのか。親子で楽しんでいることは何か――知りたいことはもれなく聞きたかった。

会ってみると、先方の母親は、女性が出産後も仕事を続けること自体が大変だった時代に出産したのに、障害児を育てながら立派なキャリアを築いてきた女性だった。
自身も仕事に打ち込んできた香織さんは、その女性に同性としての敬意を感じた。

(障害児を産むことで自分のやりたいことを捨てるかどうかは、医師に教えてもらうことではなく、親自身が決めることなのではないだろうか?)

「今は、仕事をしている若いママはたくさんいるわよ」とその女性は言った。病院で聞いたこととはまったく違う。ダウン症の子どもにもやりたいこと、行きたい場所ができること、そのためにひとりで外出できること、家族で普通に海外旅行を楽しむこともできることもわかった。その席にはダウン症のある30代の息子さん当人も同席していたが、姫野さん夫婦の質問に返答をしてくれたし、障害年金をもらいながら自分でも仕事に就き収入を得ているということだった。