中期中絶手術を受ける決意を

やがて、直人さんが育てる自信をなくし始めた。
ダウン症についてを真剣に知ろうと検索を始めると、すぐに見つけて、衝撃を受けたのは、ダウン症の子どもがぐるぐると回転し続ける様子を撮影したYouTube動画だった。
(かわいそうに。自分がしていることもわからないんだな……)
直人さんの目に、その様子は、ただ痛々しかった。

そんな直人さんの気持ちを知り、香織さんも大きく揺れた。
「離婚してひとりで障害児を育てていくことを、まず考えました。でも、どうしてもそこまでの勇気は出ません」
中絶の事を考えるのは耐えがたく、実際の場面で正気を保てる自信もなかった。羊水検査は羊水が増えないと検査ができないため、香織さんはすでに、陣痛を起こして出産をする形をとる「中期中絶」を受けなければいけない状況になっている。調べてみると、中期中絶も無痛分娩でおこなってくれるクリニックがあったので、香織さんは、直人さんに予約を入れてもらった。
自分の母親に電話をかけて、香織さんは泣いた。

「私に覚悟がないから、この子を産んであげられない」

そして、夢中で頼んだ。

「お母さん、中絶手術に立ち会って。そして、この子が私のお腹に確かにいたことの証人になって」

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中期中絶をした子どもは、遺骨が残るほどの身体になっているのに戸籍には痕跡が残らない。親族が忘れてしまえば、存在が消えてしまいかねないのだ。
香織さんの母親は、娘の願いを聞きいれてくれた。

電話を切ったあと、香織さんの母親が泣き崩れてしまったと香織さんが知ったのはずっとあとのことだ。その時の香織さんは崖っぷちに追い詰められていて、もう物事を冷静に考えられなくなっていた。
直人さんも、泣いてばかりいる妻を前に平静でいられるはずもない。
(妻にとって、お腹の命はもう自分の子どもなのか。それなら、今、ここまで苦しんでいる彼女は、この上に中絶をしたら一体どうなってしまうのだろう)
そんな心配がつのり、中絶への迷いが生まれてきた。