「すべてを捨てる覚悟が必要です」

「実際にそう出たことと、想像していた時では全然違ったね」
ふたりは異口同音にそう言う。香織さんはその場で泣き出し、その様子を見て、ダウン症のことはほとんど知らなかった直人さんの心にも不安が広がり始めた。
それでも、香織さんは、早速持ち前の行動力を発揮した。病院を出ると、直人さんに「今から保健センターに行って、ダウン症の子どもが受けられる支援を聞こう」と提案したのである。

「電話もせず、ふたりで保健センターに行き『私たちはダウン症の子どもを産むかもしれないから、行政にどんなサービスがあるか教えてください』と話したんです」
すると、窓口にいた女性は事情に明るい保健師さんを呼んでくれて、申請できる保育園はちゃんとあることや、公的助成の制度や療育施設の場所、成長曲線の違いなどを説明してくれた。
しかし香織さんたちには、まず「産むかどうか」を決めるという大きな壁があった。そこで、その相談に乗ってくれるところをたずねると、保健師さんは答えに詰まってしまった。

実際、そうした相談先の整備は、日本ではまだまだだ。香織さんたちのかかっていた病院にも、告知の後のカウンセリングはなかった。

新型出生前診断は、海外から上陸した際、カウンセリングが受けられる施設にのみ実施を認める制度ができた。しかし、香織さんが受けたクアトロテスト、羊水検査など、古くからおこなわれてきた検査についてはそれに相当する制度がない。

「私は、検査を受ける前は、もし予期せぬ告知を受けたら、その後の迷いについて、ある程度病院を頼れるのではないかと思っていました。
ところが実際は、医学書に書いてあるようなことを話してくれただけです。ダウン症児の暮らしや、親へのカウンセリングについて学んだ人は、そこには誰もいなかったのです。相談できる他の場所につなげる仕組みもありませんでした。

私たちが産むことも考えていると知ると、医師はいかにも『変わった人だね』と言いたげな顔をして、『全部捨てる覚悟がなければ障害のある子は産めないよ』と言いました。そして、過去に産む決意をした人がひとりいたけれど大病院へ転院するのに大変な苦労をしたという話が続きました」

その病院では、事実上「出生前診断を受けること」は「異常があれば中絶をすること」であり、中絶は決まった施設に紹介していたが、ダウン症の子どもを診られる病院との連携関係はなかった。確かに、子どもに障害があるために、生活を大きく変えざるを得ない人はいるだろう。しかし、それがいかに事実であったとしても、医師の話はすべてがネガティブな情報だった。

医師の発言は、大きく影響するものだ Phtoto by iStock