ジャーナリスト河合蘭さんの連載「出生前診断と母たち」。出生前診断は文字の通り、ダウン症をはじめ、胎児になにかしらの異常があることがわかるものではある。しかしその結果で即座に「産む・産まない」と決断することは難しい。検査の、その「あと」がとても大切なのだ。

多くの親たちが、その結果をもとに自分たちで話し合い、考えている。今回お話を伺ったご夫婦は、出生前診断の結果をうけ、悩みに悩んだ末に一度は中期中絶をするしかないとまで考えた。しかし、現実を知るために行動した結果、先日女の子を出産した。そこに至るまでにどのような経緯があったのか。

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誰が見ても幸せそうな臨月の姿

その日私は、出産間近い姫野香織さん・直人さん(仮名)ご夫婦を、都心からほど近い住宅街に訪ねた。

ご夫婦は、もう大きなお腹はこれで最後だからマタニティ・フォトを撮りたいと希望されたので、私はまずは居間に撮影機材をセットした。香織さんは、とっておきのドレスに着替え、メイクも完璧。一方、いつもの姿のままの直人さんは「こんな格好でいい?と」と香織さんに聞いている。積極的な香織さんとシャイな直人さんは対照的な性格だが、ふたりはとても楽しそうだった。その様子からは、この二人がかつて、妊娠初期に凄絶な期間を過ごしたことは想像もつかない。

幸せそうな夫妻の姿をみて、かつて中絶を決断したとはだれも思わないだろう 撮影/河合蘭

「35分の1の確率でダウン症」

香織さん34歳で妊娠した。結婚後すぐのことだった。

妊娠前から気になっていた無痛分娩のできる病院の分娩予約もすませ、「もう、これで安心」と思っていた香織さん。
ところが、その病院では、胎児にダウン症と二分脊椎症の確率を調べる「クアトロテスト」という出生前診断を実施していた。報道によく出て来る新型出生前診断(NIPT)とは別の、1990年代に広がった検査だ。
血液検査だが、新型出生前診断より精度はずっと低く、そのかわり年齢制限や実施施設の認可制度もない。香織さんは「一応、受けてみようか」と思った。夫にきいてみるとあまり関心はない様子で「君が受けたい検査なら受けてみたら」と言う。

「『どうせ異常はでないだろうから、安心材料にしよう』というくらいの気持ちで受けてしまいました。陽性と言われるまでは、誰でも他人事だと思っているのではないですか」

香織さんは、その時の自分を振り返ってそう言った。

ところが、その結果は「ダウン症のある可能性が35分の1」というものだった。香織さんの年齢なら400分の1以下が普通なので、これは、特に高いと考えることができた。
はっきりしたことを知るためにはお腹に針を刺して羊水を採取する羊水検査に進まなければならないが、こちらは300分の1の確率で流産の可能性があることから、夫婦の意見は分かれた。この時点で、ふたりは「ダウン症があって産みたい」と言う気持ちが一致していたという。ただ香織さんは「本当にそうなら、確定させて準備を始めたい」と思い、直人さんは「35分の1ということは、35分の34は正常だということ。大したリスクではないのに検査を受けて、流産したらどうするんだ」という意見。

結局、直人さんが折れて羊水検査を受けることになったが、その結果は直人さんの予想に反するものだった。ふたりの赤ちゃんは21番染色体を3本持っていた――ダウン症が「確実にある」という検査結果だった。