「あなたにだけ効く薬」は「誰にでも効く薬」よりも優れているのか?

「ゲノム医療」はひっくり返っている
大脇 幸志郎 プロフィール

あとから報告される副作用

さて、賢明な読者はイレッサの教訓を知っているので、このあと何が起こったかも予想がつくはずだ。

2016年7月、オプジーボの製造販売元から「オプジーボ®️点滴静注20mg、100mg 適正使用のお願い」と題した文書が出された。文書によれば、オプジーボと「がん免疫療法」を併用した人のうち重い副作用が6人に現れ、1人は死亡した。厚生労働省からも同様の内容で「がん免疫細胞療法と免疫チェックポイント阻害薬との併用について(注意喚起)」と題する事務連絡が出された。

オプジーボの発売後に添付文書は繰り返し改訂され、「重大な副作用」の項には重症筋無力症、筋炎、大腸炎、重度の下痢、1型糖尿病、免疫性血小板減少性紫斑病、心筋炎、横紋筋融解症、硬化性胆管炎、溶血性貧血、無顆粒球症、血球貪食症候群、下垂体機能障害、結核、小腸炎が逐次追記された。2016年の事務連絡にあったような無謀な治療をしたわけでもないのに副作用で死亡した人たちが根拠症例として挙げられた。

強調しておきたいのは、これらの重大な副作用が、発売されたあとにわかってきたということだ。最近の改訂は2019年7月で、発売から5年近くも経ってなお重大な副作用の情報が加わっている。筆者はオプジーボを使った経験のある医師から「どこに副作用が出るかわからない」という感想を聞いたことがある。

にもかかわらず、日経の『免疫革命』が単行本になったのは2016年の事務連絡よりあとだ。この本はバランス感覚が優れていて、事務連絡があった事実もそれなりの字数を割いて取り上げているのだが、それを埋め合わせようとするかのように、引用箇所のような過剰な期待を表すことにためらいがない。

同じころ読売新聞には「オプジーボで効果ある患者、特定の免疫細胞が増加…治療効果予測に応用期待」(2016年11月17日)、朝日新聞には「オプジーボと特定の薬を併用、がん攻撃する力強化か」(2017年1月17日)、毎日新聞にはオプジーボの話題で「早期に効果判定へ 臨床研究始まる」(2016年8月31日)という記事が載った。

 

オプジーボはなぜイレッサにならなかったのか

ところが、オプジーボはイレッサのような騒ぎを起こさなかった。イレッサとオプジーボに起こったことはよく似ている。どちらも薬の作用を理由に「新しい」と謳われ、発売前から期待はむやみに高まり、濫用され、副作用被害が出た。なぜイレッサは訴訟にまでなったのに、オプジーボはノーベル賞なのだろうか。

大きな違いは、オプジーボが臨床試験ではっきりと延命効果を示していることだ。2015年に権威ある医学誌『New England Journal of Medicine』に載った試験では、非小細胞肺癌に対してほかの抗癌剤を一度使ったが癌が大きくなってしまった人に対して、ドセタキセルよりもオプジーボを使ったほうが生存期間が3ヵ月ほど長くなった。

あれだけの副作用にもかかわらず、平均的には余命を伸ばせるくらいに、効く人には効く。また、ここではイレッサのように遺伝子検査の助けを借りていないことにも注意してほしい。オプジーボの作用に関わるPD-L1という物質が多い癌のほうが効きやすいのではないか、という考えもあったのだが、はっきりした関連性は指摘されなかった。遺伝子検査で対象者を絞り込むという操作は、いわば薬に下駄を履かせることだ。オプジーボは素足で勝負して、勝った。

効く薬なら副作用があっても許される。より正確には、副作用を大きく上回るだけの効果を平均的に見込めるなら、良い薬だということになる。これは常識的な考えだ(それでも副作用が怖いから使いたくない人はいていいし、間違っているわけでもない。この点は話が広がりすぎるので突き詰めないでおく)。そしてオプジーボは人気の薬になった。

誤解されないように強調しておくと、筆者にはオプジーボが効果を偽っているという考えはいっさいないし、実際より効果を小さく見せる意図もない。適切に使うかぎりにおいて、オプジーボは効く薬であり、ほかにない役割を持つ貴重な薬だ。オプジーボによってかけがえのない生存期間を得られた人はいるはずだし、それは疑う余地なく素晴らしいことだ。

問題は、オプジーボのように大きな期待を受けた薬は、誰も効くとは言っていない状況にまで「効くはずだ」とたやすく信じさせる魔力を帯びてしまうということだ。
実際以上に効くと思われている薬を、それと指摘することは難しい。誰も効くと言ってはいないからだ。だが、その領域を無視していては、イレッサからも、オプジーボの濫用からも、何も学べない。

そして奇妙なことに、オプジーボの魔法はいつまでも続かなかった。いわば、兄が弟に追い抜かれたのだ。(つづく)