「ペンは剣よりも強し」仏史上最大規模の行進

2015年1月7日のシャルリー・エブド襲撃事件後、8日にはパリで女性警察官への発砲9日にはユダヤ系スーパーマーケットでの人質立てこもり事件が起き、一連のテロによる犠牲者は17名にのぼった。これを受け、1月11日にはフランス全土で400万人以上による「共和国の行進」が行なわれ、イスラム教やユダヤ教の権威も各国から参加し、パリでは160万人以上が行進に加わった。3日間に及ぶ衝撃的なテロ事件を経て、私はパリ市内を歩くのを恐れる気持ちが強かったが、最初で最後のデモ行進を経験することになった。一連の事件のあとで、フランス国内に蔓延していた行き場のない悲しみをヒシヒシと感じ、暴力によって表現の自由を抹殺しようとしたその卑劣な行為や犠牲者の方々を思うと、何もせずにはいられなかったのだ。

大部分の人々は、「シャルリー、シャルリー!」と叫びながら「Je suis Charlie(私はシャルリー)」というプラカードを掲げ、「表現の自由」を守るための連帯を示し抗議した。周りを見渡すと国籍や肌の色に関係なく、実にさまざまな人種がおり、フランス社会の縮図をまじまじと見せつけられた。一般的なイスラム教信者は今回の風刺画を肯定することはできないだろうが、だからといって自分達を過激派と同じにしないで欲しいと主張をせずにはいられなかった。テロ後は特に、「一般的なフランス人対フランス在住イスラム教徒」の分断が深刻化することが懸念されていた。

フランス全土でデモは広がった Photo by Getty Images

時に一部の人の間で、「風刺画を描いたのだからテロを招くのは自業自得」といった意見を目にすることがある。風刺画によって傷つく人がいるというのは一理あるし、日本での原発事故を揶揄する風刺画に私自身怒りを覚えたこともある。しかし風刺画は、フランスでも「やり過ぎだ」と言われることもありながら、受容され続けてきたいわば特有の文化であることは否めず、大切なのはその画が描かれる文脈の理解なのだとも感じる。何もしていないのに「からかわれて」風刺画を描かれるのと、何年も前から虐殺を繰り返してきたテロリストに向けた風刺画を描くのとでは意味合いが異なると感じる。

デモ行進時には、「ペンは剣よりも強し」という言葉を掲げたフランス人たちが数多く見られた。いわれなきテロで大切な命を奪う行為に対し風刺画をもって対抗することを「使命」とした編集者や風刺画家が惨殺されたことにより、当時フランス国内だけではなく、世界中の人々が悲しみと悔しさを抱えて立ち上がった。