「まさにあれは虐殺だった」

事件後最初に現場に駆けつけた救急医師であり同紙の医療関係の元コラムニストであったプルーさんは、「今まであんな現場は一度も見たことがなかった。まさにあれは<虐殺>だった」と「egora.fr」で語っているる。

1985年にパリのユダヤ人国際映画祭で起きたイスラム過激派による爆破テロに遭遇し、2015年のシャルリーエブド襲撃テロで再び被害に遭った編集者もいる。銃弾の後遺症により、杖をつく生活を余儀なくされているニコリーノさんだ。テロリストと対峙した瞬間について、「仲間たちが体と顔を正面に向けて席から立ち上がったが、(過去の経験からか)反射的に背を向けて床に伏せ、机を引こうとした」と語った。ニコリーノさんは両脚と肩に銃弾を三発受けたが、生き延びた(「le monde」より)。

事件直前、テロリストたちが何人かの人にシャルリー・エブド社が何階に入っているかを聞き出そうとしていたが、その中で無関係な会社の社員であったフレデリックさんも銃殺されている。元同僚のジェレミーさんによれば、パソコン前での作業中、いきなり扉が激しく開かれ、「シャルリー!」という怒鳴り声と共にカラシニコフ銃が一発発砲されたという。「メンテナンスに来ただけで今日は初日だ(=ここのことは知らない)」と言うと犯人は去って行ったが、その時フレデリックさんのうなり声がして、彼が銃弾を受けていることに気付いた。「さっきまで漂っていた銃弾の臭いが血の臭いにとって変わった」という。

犯人が再び戻って来た時のことを考え、100kg近くあるフレデリックさんをトイレまでひきずって行き、隠れた。その時上階から、タタタタッと銃が何発も放たれる音が聞こえ、その後不気味な沈黙で静まり返った。フレデリックさんの傷口を押さえて止血しようとしたが、「寒い、熱い、もうだめだ」とつぶやくと、「子どもたちに愛していると伝えてくれ」と言い残し、そのまま息をひきとった(ouest-france.frより)。