堀江貴文・餃子屋事件の本質はSNS時代の新興宗教型ビジネスの弊害

「マスク着用のお願い」にクレームとは
山本 一郎 プロフィール

「過激で扇動的な個人主義」を売り物に

しかしながら、マスク着用の是非について餃子店の店主にまでクレームを入れ、過激な煽動をしながら個人主義を掲げて商売にし、自らの本を売りサロンをやっている人たちの中には、同じように「大学など学歴は不要」「スキを仕事にしろ」「会社員で我慢する必要はない」「まだ東京で消耗しているの」など、人々の日常的な不安や不満を社会的な抑圧に結びつけ、精神の開放に導くような無責任な言動を繰り返します。

文字通り「ハーメルンの笛吹き」であって、誰しもが生きていくうえで抱える孤独や不安、人間関係の悩みなどに対して、断定的な口調で開放できると説いているのは不毛です。

信仰なき現代が価値観を見失って、経済成長が終わって日本人が不安でいっぱいなところへ新たな新興宗教でも立ち上げているかのような振る舞いであって、過激な言動でかき集めた不安を持つ信者に、粗雑な教典を高値で売りつけるビジネスをやっているにすぎないのではないかと思います。

さらには、最近ではこの手の新興宗教じみたビジネスをSNSなどで批判をすると、それが権利侵害だと言って、程度の低い弁護士が訴訟を乱発して、酷評を封じようとする事例まで発生しています。

どうも、消費者金融業者に対する過払い金返還訴訟や、個人による東京電力原発賠償訴訟のような儲けのネタだと思い込んでいるようですが、不安を抱える人の無知につけこむ悪質な情報商材ビジネスまがいでも、平然とできてしまう当たり屋のような行為には、戦慄を覚えます。

マスク着用や手洗いの励行のような、感染症対策のためのコンセンサスでさえ、彼らからしてみれば、信者にアピールするためのクレームのネタになってしまっている現状は憂慮するほかありません。

 

エチケットやマナーのようなものにまで、権利や自由を援用しようとするのはみっともない話ですし、自分1人が病気になるものではなく、他人を確実に巻き込む感染症のような問題で、レベルの低い老害2.0じみたマスク論争をするのは、控えたほうが良いのではないかと思います。