堀江貴文・餃子屋事件の本質はSNS時代の新興宗教型ビジネスの弊害

「マスク着用のお願い」にクレームとは
山本 一郎 プロフィール

トランプとその支持者たちの主張もまた

公共の利益、みんなの安全に繋がる行動を促すことがなかば強制ととらえられとき、結果としてそれが『個人の判断による行動の権利の侵害だ』とか『憲法で認められた国民の自由を脅かす』という議論になりやすいのも事実です。

コロナウイルス感染拡大初期は、とにかくこの感染症はなんなのか専門家ですらはっきりとは分からなかったために、感染拡大のペースから逆算すると大変な数の日本人が感染し、高齢者や糖尿病などの基礎疾患を持つ人たち、喫煙者などには大きなリスクがあるという以上のことは分かりませんでした。

感染を怖れる人々が病院に殺到したことで院内感染のリスクが高まり、人工呼吸器が不足し、PCR検査を求める声が高まったのは、未知の問題に対する不安を国民が強く抱き、それへの対策を政治に強く求める現象のひとつでもあります。

その後、緊急事態宣言による全国的な行動「自粛」を経て、コロナに対する不安を拭い去れない人たちと、コロナ感染症は風邪程度のものでインフルエンザほどの死者を出さないのだから、経済を止めるべきではないという人たちと、による、深刻な価値観の対立を社会に及ぼすことになりました。

とりわけ、経済を重視する人たちは、11月3日のアメリカ大統領選を控えるトランプ大統領のように「感染症よりも生活が大事なのだ」と主張し、アメリカではトランプ大統領を支える共和党支持者の多い州がコロナ感染者数の圧倒的上位を占めます。

 

決して「共和党支持者は馬鹿の集まりなのだ」と言いたいわけではなく、感染症のような公共の利益が色濃く出るような問題においてもなお、個人の判断、個人の行動に対する自由と権利を主張する人たちが少なくない、ということです。