米津、ボカロ人気の背景をなす…「BUMP OF CHICKEN」その本当の魅力

彼らが〈失敗〉した時に見えるもの
伏見 瞬 プロフィール

張りぼての抽象性

このように、〈斜め〉に構えた要素をいくつも抱えている一方で、彼らに「まっすぐ」な印象を持つ人は多いだろう。それは藤原基央の書く詞が感情に対して実にストレートだからだ。

バンプの曲には、キャリア全体を通じて「涙」「泣く」という言葉が頻出する。現在までの公式音源126曲(歌なしのインストゥルメント曲を除く)中、およそ半分の59曲に「涙」および「泣く(の活用形)」が使われており、『Gravity』にも「泣きそうになったよ」というリリックが登場した。

藤原基央は「涙」という、感情の高まりと意味的に結ばれた分泌物の名を多用し、そこに「心」「夢」「希望」といった言葉を繋げていく。逆に「迷い」や「孤独」、「恐怖」といった言葉も多く書き記す。つまるところ、青春期の感情の不安定さを、藤原は言葉では実直に表現している。 

 

そのような藤原の言葉が、バンプの表現全体の足かせになっている場合が多いことも否めない。特に2011年以降(それは東日本大地震のタイミングと重なる)の作品に対してはそうだ。以前は明確な状況設定や物語構造を持っていた詞の世界が、状況のはっきりしない抽象性の高い言葉に変わっていった。その抽象性は、「光」「空」「星」といった、口当たりのいい名詞のメタファーによって担われている。ここに、具体的な現実を綺麗な看板で隠してしまう類いの、欺瞞性が感じられる。

たとえば、このような言葉。

夜明けよりも手前側 星空のインクの中
落として見失って 探し物
心は眠れないまま 太陽の下 夜の中
つぎはぎの願いを 灯りにして  
            『月虹』

その声は流れ星のように
次々に耳に飛び込んでは光って
魚のように集まりだして
冷たかった胸に陽だまりができた
            『ファイター』

なんらかの喪失感や歓びを描いているのは理解できるが、「星空のインク」や「声は流れ星のように」や「胸に陽だまりができた」といったメタファーが具体的な情景に結びつかず、かつそれぞれの単語は紋切り型のイメージの羅列であるため、聴いていると張りぼての看板を次々と見せられているような気分になってくる。自分の生理感覚が無視されているような、歯がゆさを覚える。