ハイヒールを履かなくなった

歌の話に戻ろう。

この「二時間だけのバカンス」で描かれているのは、母になって、ドレスもハイヒールも活躍する機会がなくなった女性の心だ。

なぜなら、子供をお世話するためには、素敵なドレスはすぐによだれや泥で汚されてしまうし、ハイヒールなんて履いていたら、すぐにダッシュでどこかにいってしまう子供を追いかけることができないからだ。

いつか着よういつか履こうとクローゼットの奥の方に大事に取ってあるけど、ドレスたちの出番の主役的な機会は一向に訪れず。

ドレスやハイヒールを身に着ける自分自身は脇役的なポジションになって、かなり月日がたってしまったよね。と冒頭から歌っているのだ。

私は、「あああ。天空のマンションにお住まいの宇多田さん、椎名さんも、私と同じなのかもしれない」と激しく共感してしまった。
(というか、三行でこの情景を頭に描かせることができるってほんとに天才だ!)

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同時に、「脇役」という言葉が出てきたことに少し引っ掛かりを覚えた。

ずっと私の憧れるスターでありながら、世界に能力を最大限に評価され、自分の力で地に足をつけて立っている、常に主役のような二人の歌姫。しかし、子育てにおいては「物語の脇役」と感じてしまうのか、と。

いつかの誕生日に夫にプレゼントしてもらったGUCCIのワンピース。宇宙とクラシックな花瓶のコンセプトが可愛いと思っているけれど、全く着る機会に恵まれず…。写真提供/福田萌

「物語の主役」になりたいと思ったらダメ?

この歌を聞くたびにのどの奥に魚の骨が刺さっているような感覚がずっとある。そして、まさに私も今、脇役を全うしながら日々過ごしている、という気持ちがある。

「今さら主役になりたいの?年齢や立場を考えなよ」「はい、おっしゃる通りです」

「脇役だっていいじゃない?名脇役ですごい人はいっぱいいるし、むしろ脇役がすごい作品を作るじゃない?」「そう、それはそうなんだけど。」

「ハッピーだからいいじゃない?子供がいて、夫がいて。贅沢な悩みだと思うよ。」「わかってる、わかってるんだけどね。」

頭の中にいつも、こう言い合う別の顔を持った二人が現れては、すぐに消える。すぐに消えるのは、忙しいから。心の表ちゃんと裏ちゃんとが会話し始めても、すぐに「ママー!水こぼした!」という現実の声や、洗濯機の完了音がそれをかき消す。