経産省、世紀の大失策…無茶苦茶なコロナ対策のせいで、日本は衰退へ

もはや通産省時代の栄光にすがるのみ
森永 卓郎 プロフィール

続く、70年代ビジョンでは、環境に優しく、勤労者にも優しい産業として、自動車、コンピューター、情報処理、通信、ロボット、ファッションなどの知識集約型産業を重点育成の分野として選んだ。いまから50年も前に、こうした産業に着目していた経済産業省の先見性の高さは、驚くべきものだ。そして、そうした産業がすべて経済産業省の行政指導の下で発展していったから、経済産業省の威光は計り知れないほど大きくなっていた。

経済産業省[Photo by gettyimages]
 

通産省時代の驚くべき横暴

そのことを示すエピソードとして、これも時効だろうから書いておこうと思う。私は、1984年から1986年まで経済企画庁(現・内閣府経済社会総合研究所)に勤務していた。経済企画庁というのは、役所間の利害を調整する調整官庁だ。だから、直接の利権を持っていない。

年度末が近づいたころ、出張旅費の予算が余った。そこで、課長補佐から「ボクは鳥取に行ったことがないから、君と2人で鳥取に出張に行きたいので、準備をしてくれ」と頼まれた。ところが、年度末は役人にとって最も忙しい時期だ。平日に鳥取に行く時間的余裕はなく、行くとすれば、週末に出かけるしかなかった。当時でも、物見遊山の出張はご法度だった。

しかし、週末に出かけると、企業は休んでいるから、出張の名目を作れない。そのことを課長補佐に言うと、「君は使えないね」と笑顔で言いながら、知り合いの通商産業省の役人に電話をかけた。その結果、我々が訪れる週末に、鳥取の家電メーカーの工場が稼働することになったのだ。もちろん、従業員は休日出勤だ。経済産業省は、そんなことが朝飯前でできてしまうほど、産業界に強い権限を持っていたのだ。