「国は金を刷れ、問題には札束で対抗せよ」〜MMTが私にくれた「勇気と想像力」

夢を見るための経済
樋口 恭介 プロフィール

ハイパーインフレへの懸念は、デフレから脱却してから=インフレに入ってからするべきことであり、今するべきことではない。たとえば一つの卑近な例として、赤ん坊が生まれる前から「自分の子どもは将来自分を殺すかもしれない」と心配する人はいるだろうか? シェイクスピアの劇の中にはいるかもしれないが、現実にそんな人がいれば滑稽に見えることだろう。今インフレを恐れるということは、要するにそういうことだ。

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労働意欲云々についても同様で、現在は働きたくても働けない人々が多くいる。そうした現実の問題を解決しないままに、仮定の上に成り立つ架空の課題について、優先的に対策を検討するのは愚かしいことだと言わざるを得ない。

整理するとこうなる。MMTは、まずは財政出動による景気回復と雇用の増加を目指している。その上で――次のフェーズにおける対策として――課税による労働へのインセンティブやインフレ抑止を検討している。MMTにおいては税金は不要になる、という批判者は多くいるが、そうした理解は誤っている。批判者を意識してか否かは定かでないが、ステファニー・ケルトンは本書においてこう書いている。

「政府が一切税金を徴収せず、支出した金額をすべて非政府部門のバケツに残す、という極端なシナリオを考えてみよう。それは湯船の栓を閉じるようなもので、私たちのバケツには政府支出がすべて残る。まもなく湯船はあふれ、経済は過熱する。バケツにはお金があふれ、すぐに物価が上昇し始める。適正な赤字の規模とは、経済がインフレ率の上昇をともなわず順調に推移するのを支えるのにちょうど良い量だ」

あるいはそもそも、彼女は次のようにMMTを位置づけている。

「(MMTは)まるで打ち出の小槌のようだと思うかもしれないが、そうではない。MMTは白紙の小切手を与えてくれるわけではない。政府が新たな事業を始めるためにいくらでもお金を使っていいと言っているわけではないし、大きな政府を目指しているわけでもない。MMTは分析のフレームワークとして、経済のなかでまだ十分活用されていないポテンシャル、いわゆる財政余地を掘り起こすことを目的としている。有給雇用を求めている人が何百万人もいて、経済に物価上昇を招かずに財やサービスの生産を増やす能力があるならば、そうした資源を生産的に活用する財政余地があることになる」