「国は金を刷れ、問題には札束で対抗せよ」〜MMTが私にくれた「勇気と想像力」

夢を見るための経済
樋口 恭介 プロフィール

考えてみればその通りだ。どうして、生きること、生活そのものを支える「実物資源」の話を抜きに、目には見えない数字の話だけをして、生きること=経済の話ができるのだろう。

本来、経済を成立させるのは通貨と実物資源の流れである。実物資源とは、言うまでもなく、水や、火や、食料や、医療物資や、そのほか人が生物として生きるために必要な諸々の資源である。通貨はそれらの資源と交換可能な共通的な記号である。だから、通貨それ自体に価値があるわけではない。通貨に価値があるのは、人の命に価値があるからであり、人の命を成り立たせる実物資源に価値があるからである。まずは人命があり、人命のために資源があり、人命のための資源のために、通貨がある。

通貨は人間が作った道具である。人間は、自分たちの生活をよりよくし、そこで得られる幸福を安定的に持続させるために、さまざまな道具を作り上げてきた。通貨は、その過程で生み出されてきた道具の一つである。だから、私たちは私たちの幸福のために通貨を使うべきであり、通貨のために私たちの幸福を蔑ろにするべきではない。そして私たちが幸福を得るために必要なのは、まさに「想像力、ビジョン、勇気」なのである。私はそう考えている。

〔PHOTO〕iStock
 

金は政府によって刷られることで初めて生まれ、それから市場を流れ始める。市場は金を刷ることができない。市場は金が刷られるのを待つことしかできない。一方政府は金を刷ることができる。政府は金を無限に刷ることができる。ステファニー・ケルトンは本書を通し、あなたにそのように語りかける。政府はどれだけ金を刷っても破綻することはない。

事実日本は、大幅な財政赤字が長らく続いているが、日本は破綻していない。明日も破綻することはない。明後日も破綻することはないだろう。それでは財政赤字がいくらになり、どれだけ続けば破綻するのか? そうした問いに対して、MMTはこう答える。「財政赤字がいくらになろうが、どれだけ続こうが、通貨主権を持つ国家が破綻することはない」

財政赤字が国を滅ぼすことはない。少なくとも、財政赤字によってただちに人が死ぬことはない。日本で暮らす私にとって、あるいはあなたにとって、これは端的な事実である。日本は既に、MMTの中に片足をつっこんでいる。事実としてのMMTに対して反論することは、端的に論理が誤っている。日本経済は歴史的に、MMTが正しいことを証明している。