日本を代表する憧れリゾートの一つである星野リゾートは、なぜこれほどまでに多くの人を惹きつけるのでしょうか? ホテルジャーナリスト・せきねきょうこさんならではの視点でその魅力に迫ります。今回は、東北の四季を満喫する「星野リゾート 界 津軽」をご紹介します。

津軽と言えば、リンゴと雪と岩木山
そして津軽三味線の響く郷

津軽の長い冬は北国らしい厳しい寒さに覆われ、その中で培われた文化は魅力に溢れている。「界 津軽」は、その伝統文化を館内にちりばめた唯一無二の旅情豊かな温泉宿になっている。

誰もが、忘れられない言葉を胸に抱いていると思います。学生時代から旅好きだった私にとって、「寒い地域に旅をするなら、寒い季節を選ぶといい」と言われたことが、旅の仕方を大きく変えるきっかけとなりました。

かつてスイスに暮らしていた頃、アルプスに抱かれた美しい村・グリンデルワルトで仕事をしていました。冬になると村は白銀の世界と化し、世界中から多くの人々がスキー休暇にやってきます。先の言葉は、この村で生まれて夏も冬もプロのガイドとして活躍する人がかけてくれた言葉でした。以来、私の脳裏には「寒い地域の魅力は寒い時が最も輝く……」と刻印のように刻まれ、北へ向かう冬旅の指針となっています。

雪が深々と降りつのる津軽の夜。温泉に浸かり、温かい料理をいただく。そんな旅の楽しみが待ち遠しい。

ある年の2月、青森県の「界 津軽」に向かう機会を得ました。まさに私の冬の旅のセオリー通り、真冬に寒い地域へ旅をする機会でした。でも当日はあいにくの悪天候。飛行機が飛ばないかもしれないと思われるほど大雪の予報だったのです。「飛んでも、青森空港に降りられない場合は羽田空港に戻ります」と、羽田空港ですでに地上スタッフから了承を迫られました。人生初となった未踏の青森県への旅がエキサイティングに始まったのです。

青森上空を50分も旋回していた機内では、機長からのアナウンスに乗客が一喜一憂していました。そして55分が経ち、最後の最後の機長の「皆様、今から着陸態勢に入ります。シートベルトを再度……」という言葉に拍手が起こりました。雪国の厳しい真冬の洗礼を受けて、私はなんとか空港に降り立ちました。そして、先が見えないほどに降り続ける雪の中を、予約したレンタカーで走り始めました。ホワイトアウトの中を注意深くノロノロと、いつもの何倍もの時間をかけた運転で「界 津軽」へとたどり着きました。

毎夜、夕食が終わる頃に津軽三味線の演奏会が開催される。奏者は三味線のプロ、渋谷幸平師匠。マイクを通さない生音と津軽三味線の独特な迫力に、身じろぎもせず聴き入ってしまう。

「界 津軽」では、津軽文化を凝縮させて、訪れる旅人に、五感で体感してもらえるよう様々な仕掛けが用意されていました。その最たるものが、毎夜、夕食の後に生演奏で開催される津軽三味線の演奏会です。

広々とした宿のロビーには、思わず足を止めてしまうほど、美しく華麗な大壁画が飾られています。これは弘前の桜、八甲田山の紅葉、津軽海峡の大波を描いた迫力のある加山又造画伯の陶板画作品「春秋波濤(しゅんじゅうはとう)」です。この大壁画の前で、マイクを使わずに生演奏で津軽三味線が聴けるとあって、私は大興奮でその時間を待ちました。

想像できますか? 叩くようにバチで弾く津軽三味線の迫力と、魂に響く郷土の音色を。毎夜開催される津軽三味線の演奏会は、到着日の夜も、いつものように夕食後に開催されました。悪天候で滞在客が少なかったこともあり、私は最前列に座り、幻想的な陶板画を背にして奏でられた、圧倒的な津軽三味線の演奏に体も心も感動で震える思いを体験したのです。

近年では師匠と共に宿のスタッフも加わり、素晴らしい演奏会となる。津軽という土地から生まれた三味線の迫力と、バックの壁を飾る陶板画「春秋波濤」との一体感も魅力。

民謡に詳しいわけでもありませんが、す~っと引き込まれていった「津軽じょんから節」。青森三大民謡の一つとして最も知られたこの曲は、やはりハイライトとして最後に披露されました。演奏終了後、プロとして活躍する渋谷幸平師匠と言葉を交わしたところ、「津軽じょんからは、今夜のように雪の深々と降る静か~な夜に聴くのが、一番魅力が伝わる」と嬉しそうでした。

冬の長い津軽地方には、冬を乗り越えるために、人々の暮らしの中に様々な生活の智慧が息づいていました。歴史、民芸、慣習、食文化、民謡など、津軽地方のライフスタイルには冬を基盤にした独自の伝統文化が継承されていました。

厳寒の冬に庭の小路を照らす行灯の灯りが雪に映る。優しい灯りからは温もりと情緒的な雰囲気が醸しだされる。

この「界 津軽」への旅をきっかけに、何度も通うこととなった青森。今回の「界 津軽」への旅は、3度目となりました。