難解作?『テネット』を10倍楽しむための「5つの心得」

ホーキング「最後の弟子」が案内する時間逆行の世界
高水 裕一 プロフィール

心得4 批判精神も忘れるべからず

さて、ずいぶん『テネット』を絶賛してしまいましたが、手放しでほめてばかりというのは科学者として正しい姿勢とはいえません。ここで、物理屋の視点から、この作品にちょっとツッコミを入れてみようと思います。

まず、この映画では大きく混同していることがあります。それは、「時間の逆行」イコール「タイムトラベル」としている点す。ここが一番気になりました。

なお、ここで言うタイムトラベルとは、この映画に即していえば、現在から過去へ戻るという意味です。すでに映画をご覧になった方も「この2つってホントは違うんじゃない?」と違和感を覚えたかもしれません。

「時間の逆行」と「タイムトラベル」の違いを、下の図で説明します。

【図】時間の逆行とは?『テネット』で描かれた時間の逆行は、単に過去に戻るタイムトラベルではない

まず、一般的には時間は、一番上の矢印のように、左から右へ進行しています。つまり過去から現在へ、現在から未来へと進んでいます。

では、「時間の逆行」という現象が起こると、どうなるでしょうか。それを表したのが真ん中の矢印です。ここでは、現在から少し先の未来までの、ある限定された長さの時間が、逆戻りして現在に向かってくるという逆行を考えます

たとえばこの時間の中で、コップが揺れて、倒れて、ジュースがこぼれ出てしまったとすると、この一連のできごとが逆向きになって、「現在」の次の瞬間から始まるのです。つまり唐突に、ジュースがこぼれ出たコップという「結果」が姿を現し、そのあとコップにジュースが戻り、コップが立ち、静止します。そこまでで時間の逆行は終わり、あとは通常の時間の流れに戻ります。ちょっと違和感があるかもしれませんね。

この作品では、ほかにもさまざまなタイプの逆行が出てきます。自分以外がすべて逆行するという「マクロな逆行」も出てきます。これに対して、図に示した逆行は「ミクロの逆行」といえるでしょう(こうした逆行のタイプの違いについても私の本で解説しています)。

一方の「タイムトラベル」を表したのが、一番下の矢印です。これは現在から過去の任意の時点にワープできるというものです。しかし、ワープしても、そこでの時間の流れは通常の流れとまったく変わりません。ここが「時間逆行」と決定的に違うところです。映画の中ではこれらが混同されているのでよけいに混乱を招いています。

そして「タイムトラベル」では、ワープしたあとコップが倒れないように細工をしたりしてはいけません。それは、過去に戻って「歴史」を改変する行為にあたり、物理学では禁止されているからです。そんなことが起きないように「因果律」とか「熱力学第二法則」とか「エントロピー」とかいう番人たちが、厳しく見張っているというのが、現在の物理学の常識なのです(その常識が覆るかもしれないという最新知見も私の本では紹介していますが)。

『テネット』を注意深く観ていると、この2つの決定的な違いが混同されている場面がいくつかあることに気づくのです。ノーラン&ソーンのコンビのことですから、もしかしたら、そこにもなんらかの意図があるのかもしれませんが……(じつはこの映画にはほかにも「エントロピーは孤立系でしか議論できないのでは?」などのツッコミどころはあるのですが、ここではやめておきましょう)。

心得5 恋人と観るときは要注意

いろいろ考えていくと、そもそもこの映画の登場人物たちの「意識」はどうなっているのか、という疑問も浮かんできます。人間の思考や意識は、すでに起こった過去をベースに現在のことを認識し、未来を予測するようにできています。「時間が逆行する世界」では、そこのところはいったいどうなっているのでしょうか?

考えれば考えるほど、いままで考えもしなかったことをリアルに考えさせられる。そういった意味で『テネット』は、人類が初めて体験する映画であるといえるのです。

しかし、最後の心得として、もしもこの映画を恋人とのデートで観るときは、そのあとの言動には注意されることをおすすめします。

この記事を読んでいただいているとなおさら、「時間の逆行」と「タイムトラベル」がどう違うかとかを、喫茶店でコースターに矢印を書きながら恋人に熱く語りたくなるかもしれませんが、ロマンチックとはほど遠い雰囲気になってしまいます。因果律とかエントロピーとか持ち出したら最悪でしょう。くれぐれも時間を逆戻りさせたいような1日にならないようにしてくださいね。

【写真】デートの時は要注意!自分だけ熱くなりすぎないように! photo by gettyimages

最後に——私が『時間は逆戻りするのか』を刊行したのは、今年の7月でした。読者の方から最近、「まるでノーラン監督は、この本を読んでから映画をつくったみたいですね」と言っていただきました。さすがにそれは時間的に不可能です、とお答えしましたが、じつは本を出したあと、時間を数年逆戻りして監督にも1冊届けていたのです——なんて都市伝説が、数年後の未来に広まっていることをいま、夢想しています。

時間は逆戻りするのか
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「時を戻そう」は本当に可能になるかもしれない!

一方通行と考えられてきた時間は近年、逆転する現象が観測され、なんと「時間が消えるモデル」までもが提唱されている。ケンブリッジ大学理論宇宙論センターで晩年のホーキングに師事した「最後の弟子」が語る、新しい時間像。読めば時間が逆戻りしそうに思えてくる!

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