難解作?『テネット』を10倍楽しむための「5つの心得」

ホーキング「最後の弟子」が案内する時間逆行の世界
高水 裕一 プロフィール

心得1 前半はわからなくても焦らない

オープニングは、非常に緊迫感があるいいシーンから始まります。クリストファー・ノーラン監督はこれまで著名な作品を何本も世に送り出していますが、私は『ダークナイト』のオープニングを思い出しました。いい意味で不安感がある音楽と、ワクワクさせるスピード感のある場面展開は、これから何が起こるのか、期待を大きく膨らませます。

  『ダークナイト』予告映像

しかし、この『TENET』の前半は、じつはけっこう唐突に、いろいろなことが説明もなく進んでいきます。ここで置いてきぼりになる方や、退屈になってしまう方も、少なからずいるかもしれません。実際、私の本を担当した編集者の知人も、この映画を観て「駄作だ!」と憤然としていたそうです。

でも、わからないからと焦らないでください。おそらく誰もがそうです。じつは私自身も「?」の連続でした。誰にとっても未知の体験が始まるところなので、しかたないのです。

ここは気持ちを切らさず、ジェットコースターが最初にガタガタと上っているところだと思って、しばし辛抱しましょう。その分、後半では、前半のさまざまな疑問や伏線を一気に解決しながら駆け降りる爽快感を味わえるはずです。

心得2 細かい演出を味わうべし

この映画で感心したのは、なにしろ脚本がよく練られていることでした。よくありがちな、ただ「時間が逆戻りする世界」という設定によりかかっただけ、といったチープさがなく、脚本段階で時系列をよく整理し、そこに伏線を巧みに張りめぐらせています。

そして、演出が細かい! 不思議な世界を徹底的にリアルに映像化しようとこだわった、細かい描写が目白押しなのです。気持ちを切らして見逃したら絶対に後悔します。以下に、ネタバレは避けつつ注目ポイントの例を挙げておきます。

  • 主人公はマスクなしでは呼吸ができない(なぜだかは観ればわかります)。
  • 背景に、転倒している車がいきなり逆戻りして走りだすのが見える
  • 人の話し声が、何を言ってるのかわからないときがある

なかでも、個人的に拍手を送りたくなったほどすばらしいアイデアは、物語のカギとなる「時間を逆戻りさせる方法」です。

この手の映画でよくあるのは、何かそういう機械のスイッチを押した瞬間に時間が逆戻りするといったもので、この作品もそんなところかなぁと、高をくくっていました。ところが、まさかあんな形で時間が戻る世界に入るとは……いま、ネタバレにならないように最小限のことだけ言うと、そのとき見えるのは「自分の姿」なんです!

ブラボー! 物理学者としては「そうそう! こうだよこう!」と心底うれしくなりました。みなさんにもぜひ、映画館で確認してほしいところです。

心得3 わからなかったところは「テキスト」で確認すべし

この作品、サイエンス監修として、重力波観測への貢献で2017年にノーベル物理学賞を受賞したキップ・ソーン博士が参加しており、さすが物理屋さんならではのアドバイスが随所に光っていると感じました。

【写真】キップ・ステファン・ソーン博士キップ・S・ソーン博士 photo by gettyimages

ソーン博士とノーラン監督のタッグは2度目で、前作『インターステラー』では、博士の研究チームが計算で求めたブラックホールの画像のリアルさに私も舌を巻いたものでした。

  インターステラー予告編。ソーン博士の監修によるブラックホールの映像も最後の方に出てくる

本作は、先にも言ったように、決して観やすい映画ではありません。噛んで含めるように観客に説明する至れり尽くせりのドラマに慣れてしまっていると、不親切に思えてイライラするのかもしれません。

でも、ノーラン監督は、観ているときにはわからなくとも、あとでゆっくり思い出しながら、「ああ、あれはこういうことだったのか」と時間が戻る世界を自分なりに考え、想像する楽しさを観客に残してくれている気がするのです。

そのとき、座右のテキストとしておすすめしたいのが、甚だ手前味噌ではありますが、私が書いた『時間は逆戻りするのか』です。その理由は、この映画のような世界は絵空事にすぎないのか、それとも物理的に本当にありえるのかを本気で考えた、ほかにはあまりない本だからです。ご一読いただけば、この映画にたくさん散りばめられている科学的な面白さに気づくはずです。

本と映画がリンクするところをキーワードだけ挙げておくと、「エントロピー」「時間の矢」「陽電子」「粒子と反粒子」「対消滅」といったところです。いずれも映画では一言のセリフでしか触れられていませんが、それらの背景を知っていただくと、ぐっと作品の世界が深く、立体的に感じられてくること間違いなしです。

また、映画では重要な伏線になっている「未来から来た者は、すでに過去の事件に共存している」という考えがどういうことかも、読めば楽しみながらご理解いただけるはずです。