「GAFAは敵か味方か」ここへきて日本に突きつけられた「難題」

監視社会、公共性、分断…
伊藤 博敏 プロフィール

GAFA対国家

スマートフォンの便利な機能を疑う人はおらず、スマホなしの生活を送っている人もほとんどいない。だが、一方で、デジタルテクノロジーの長足の進歩について行けず、誰かに監視され、利用され、支配されているという不安を感じているは少なくない。

GAFA(グーグル、アップル、フェイズブック、アマゾン)に代表されるデジタルプラットフォーマー(以下プラットフォーマー)が、我々が提供した情報をもとに、健康状態を把握、趣味嗜好を知り、行動半径や人的ネットワークを突き止め、健康状態に警鐘を鳴らし、資産管理を呼びかけ、購買意欲を刺激、投票活動に影響力を行使する。

彼らは、我々にとって敵か味方か。

〔PHOTO〕gettyimages
 

また、デジタルテクノロジーが得た情報は、監視技術やプラットフォーマーへの強制的な情報提供義務に基づいて、国家や行政にもたらされ、行動は把握され、納税を迫られ、必要とあれば会話や通信データも、国家権力に筒抜けとなる。

便利さと引き換えに情報を渡す行為は、果たして正しいのか。

掌にコンピュータを持つ便利さに慣らされると後戻りはできないが、政治や行政もまた、デジタルテクノロジーがもたらす変化に翻弄され、国境のカベを破られ、当事者能力を失い、独自の判断をできなくなっている。

その無秩序は望ましいことなのか。

「漠」とした不安は絶えず、その解消は「知ること」以外にない。

デジタルテクノロジーは、どのような歴史的経緯を辿って進化を遂げ、どのような影響を人に及ぼし、国と行政と企業をどのように変えてきたのか――。

 

その要求に応える書籍が、10月7日、上梓された。『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』(NewsPicksパブリッシング)。著者は塩野誠氏。

本書は、83年に公開されたAI(人工知能)を駆使した「ウォー・ゲーム」からデジタルテクノロジーの進化を説き起こすが、今、44歳の塩野氏はその頃、小学校中学年。以降、パソコンとスマホが将来した時代の変化を、呼吸するのと同じように自然に受け入れてきた。

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