天皇皇后が、緊急事態宣言から半年後も「厳しい自粛」を続ける理由

コロナに翻弄される「令和の天皇像」
原 武史 プロフィール

あの時、震災後5日という非常に早いタイミングで、天皇明仁は自ら行動し、地震、津波、原発事故に伴う国民の動揺を和らげる役割を果たしました。天皇が首相など政治家よりもはるかに大きな影響力をもっていることを証明したのです。このビデオメッセージがあったからこそ、5年後の「退位への思いを国民にほのめかす」という、天皇の権力、政治性を顕在化させかねない異例のビデオメッセージも、世論に受け入れられることを想定できたわけです。実際、当時の世論調査では国民の9割が退位に肯定的な反応を示しました。

しかし考えてみると、私たちがいま当然のように「天皇によるビデオメッセージ」を期待するのは、なかなか奇妙なことです。天皇が国民全員に向けて、直接自身の言葉を放送することなど、終戦の詔書――つまり玉音放送の他には、同じくラジオによる1946年5月24日の「食糧問題の重要性に関する御言葉」と、平成のこの2回しかなかったのですから。

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それほど「異例の事態である」ことを忘れさせてしまうくらい、2011年と2016年の「おことば」は強烈な印象を残しましたし、国民の天皇に対する親近感や、敬意を増強することに成功しました。政府や国会の頭越しに天皇が国民に直接語りかけるという、「天皇の権力の発露」を疑問視する声は、国民からはもちろん、学者からもあまり聞かれませんでした。

このビデオメッセージは、上皇明仁が追求してきた「平成流」の「自ら動き、国民と触れあう天皇像」の総決算だったともいえます。

もちろん天皇の言動には、天皇自らの考えだけでなく、宮内庁の意思、時の政権の思惑、これらの間のパワーバランスなどが大きく影響する点には留意すべきでしょう。2016年のメッセージは、退位に関する議論が遅々として進まないことに宮内庁側がしびれを切らしたからこそ、7月にNHKによるリーク報道があった。この報道を事前に全く知らされていなかった官邸はそう判断し、宮内庁長官を更迭したのです。

これは私の推測に過ぎませんが、天皇徳仁の脳裏にもコロナ禍を受けて、一度はビデオメッセージを放送するという選択が浮かんだ可能性は大いにあります。ただこの夏までは、新型コロナウイルスの拡大とともに政権支持率が低下し、国民も大きな不安を抱いている状況で、天皇が存在感を高めることをよしとしない人々もいたことでしょう。

それでも天皇は、8月15日に久しぶりに皇居以外の場所に外出して日本武道館で開かれた全国戦没者追悼式に皇后とともに出席し、「私たちは今、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、新たな苦難に直面していますが、私たち皆が手を共に携えて、この困難な状況を乗り越え、今後とも、人々の幸せと平和を希求し続けていくことを心から願います」と述べました。この一節は、天皇自身が入れたと言われています。