天皇皇后が、緊急事態宣言から半年後も「厳しい自粛」を続ける理由

コロナに翻弄される「令和の天皇像」
原 武史 プロフィール

「天皇のメッセージ」が持つ権力

明治以降、天皇がこれほど長期間「国民の前に直接姿を見せない」事態は、極めて異例です。地方視察が中断された第二次世界大戦の時でさえ、昭和天皇は毎年春と秋に靖国神社を参拝し、陸海軍の学校の卒業式に出席し、東京大空襲後の東京の街を視察するなど、皇居の外で活動しました。そもそも明治初期から、歴代の天皇は全国に行幸して国民にその存在を意識させ、明治後期からは皇太子や天皇の弟たちをはじめとする皇族も、内地のみならず植民地まで訪ねるようになりました。

今回のような事態は、たとえば昭和天皇にガンが見つかり、療養生活を送った1987(昭和62)から89年にかけての頃を彷彿とさせるかもしれません。ただしこのときも、皇太子夫妻が名代として地方を訪れています。皇室のメンバーがほぼ外出を控えているという事態は、今回が初めてです。

 

即位から1周年となる5月1日、天皇は月初の恒例の宮中祭祀である「旬祭」で国の安寧や国民の平和を祈ったものの、国民に対して強いメッセージを発することはありませんでした。

これほどの非常事態です。天皇が5月1日に「何らかのメッセージを発表するのではないか」と考える国民がいたとしても、おかしくはなかったでしょう。即位1周年にあわせて、このコロナ禍についても何かしら言及し、国民に寄り添う姿勢を示すのではないか――と。

しかし結局、メッセージは発せられませんでした。同日付の毎日新聞において、天皇退位に関する有識者会議で座長を務めた政治学者の御厨貴氏も、「国難とも言える状況だ。ビデオメッセージのような、より強い方法で発信してもよかったのではないか」と述べています。

言うまでもなく、この「天皇のビデオメッセージ」という発想は、2016年8月8日、現在の上皇明仁が、自らの天皇退位への強い意向を示唆した「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」を放送したという前例があります。この「おことば」の前には、東日本大震災の5日後に当たる2011年3月16日に放送された「東北地方太平洋沖地震に関する天皇陛下のおことば」がありました。