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大激論続く「学術会議問題」はどう「終わる」のか…変な対立の末路

菅政権との無用な対立を回避せよ

"出会い事故"としての対立

日本学術会議と菅政権の関係が気がかりだ。ことは学術会議が推薦した会員候補のうち6名の任命を菅政権が認めなかったことに発する。

学問および表現の自由の危機だ――。いやそれ以前に学術会議の体質が問題――。

様々に議論が深みにはまっていく中で、筆者は、これはある種の"出会い事故"で終わるべきものと思う。

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考えてみよう。

いま政府が学術会議をことさら攻撃する必要はまったくない。

学術会議は「軍事研究への反対が強い」から政府が言うことをきかせようとした、という説が広まっている。

だが、そもそも軍事に限らず研究に何かの目的を強要されることを科学研究者は忌み嫌う。産業目的の特許取得や、私のようにこうした文章で小遣いを稼ぐことさえ、「金儲け」として快く思われていないものなのだ。

科学目的(真理の探究)以外の目的をもたないのが「科学」なのであり、別の目的を強要されれば科学は力を失う。学術会議がどうだとか政治信条などとは関係なくそうなのである。

しかも学術会議が軍事研究に反対したからといって、ことさら事を荒立てるには及ばない。

科学研究の成果は誰にも利用可能である。それは、それを発見した本人が意図せずとも、軍事をはじめ多様な領域に利用されうるということだ。科学はその利用の広がりを止めることはできない。