池袋暴走事故「上級国民」だけでなく「家族も死刑」と袋叩きにする人々のヤバい心理

羨望と復讐の念で揺れる人が多い?
片田 珠美 プロフィール

人生がうまくいかず、日々欲求不満がたまっていくが、強い自己愛の持ち主ほど、自分の能力や努力が足りないせいだとは思いたくない。欲求不満を解消する手段がなかなか見つからないと、どこかで鬱憤晴らしをする必要がある。

そこで、復讐の口実を常に探すわけだが、事件や事故の加害者とその家族は格好のターゲットになる。したがって、加害者家族に処罰感情の矛先を向ける人々は「裁判官を装った復讐の鬼たち」といえるだろう。
 
この復讐願望の起源は怒りである。古代ローマの哲学者、セネカが指摘したように、怒りとは「復讐することへの欲望」にほかならない。

怒りは、相手が不幸になるのを待っていられず、「みずから害することを欲する」。だから、加害者家族が猛バッシングに耐えかねて、みずから命を絶つような事態になれば、「ルサンチマンの人間」としては万々歳なのだ。

 

論理的に考えれば、自分の人生がうまくいかないことは、加害者家族とは何の関係もないはずだ。だが、そんなことはどうでもいい。「復讐の鬼たち」は正義という言葉を常につぶやきながら、誰かを不幸にする機会を虎視眈々と狙っている。

加害者家族へのバッシングが最近激しくなっているのは、それだけ「ルサンチマンの人間」が増えているからだろう。

その背景には、格差が拡大する社会で、「いくら頑張ってもはい上がれない」と絶望感にさいなまれながら、復讐の念で揺れている人が多い現状があるのではないだろうか。

【参考文献】
セネカ『怒りについて 他二篇』兼利琢也訳、岩波文庫 2008年
フリードリヒ・ニーチェ『道徳の系譜学』中山元訳、光文社古典新訳文庫 2009年

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