学術会議の問題、安易な「民営化」が解決策にならないと言える理由

専門知と民主制はどうあるべきか?
伊藤 憲二 プロフィール

専門知と民主制をいかに調和させるかという問題は解かれておらず、それどころか問題は深刻さを増している。学術が進歩すれば、ますます社会に大きなインパクトを与え、関連した政策の判断は市民にとって死活問題になってきているが、同時に学術は専門化し、非専門家にはますます理解し難くなるからだ。

2011年の原発事故のときも、2020年のコロナ禍においても、義務教育の範囲をはるかに越える内容の科学知識なしに政府の対策の是非を判断ができなくなった。

しかし、すべてを専門家の判断に任せることはできない。現実の問題には、常に専門家がいるとは限らず、たとえいたとしても誰が専門家であって、信頼できるか、判断は容易ではないからだ。しかし、だからといって民主的正統性、つまり多数決などの手続きだけで専門知に関わる事柄について政策決定しても良いわけでないのだ(注5)。

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民主制における科学的助言

占領期以降、政府は一貫して学界における左翼知識人の勢力をそぐ方策をとっており、学術会議に関しては権限や予算を奪うという手段をとった。例えば上記のSTACは占領期が終わると急速に力を失ったが、1956年の科学技術庁の設立の時に解体され、代わりに科技庁の中に科学技術審議会ができ、その委員の三分の一は学術会議の推薦する者から任命することになった。

しかし、これも1959年、総理府に科学技術会議が設立されたとき廃止された。科学技術会議が総合科学技術会議へと移行し、現在の総合科学技術・イノベーション会議となった。総合科学技術・イノベーション会議の有識者議員は首相が任命するが、関係機関の長として学術会議会長が構成員に入っているのは、学術会議がメンバーを推薦していたSTAC時代の最後の残滓といえるかもしれない。

総合科学技術イノベーション会議や、文部科学省の科学技術・学術審議会等、学術会議以外の組織・審議会が学術知を要する諮問の受け皿となり、2007年以降学術会議への諮問は無くなっている。とは言え、報告等は出しているので、学術会議が広い意味での科学的助言を怠っているわけではない。