学術会議の問題、安易な「民営化」が解決策にならないと言える理由

専門知と民主制はどうあるべきか?
伊藤 憲二 プロフィール

領主の保護を受けず、場所を変えて会合を開き、ドイツの統一を推進した点でむしろ君主に反抗する性格をもった。オーケンの発行した雑誌『イジス』は発禁処分にあったこともある。求めたのは国家に有用な知識ではなく、精神的な価値をもつ普遍的な知識であった(注2)。

BAASも、GDNÄに触発されたチャールズ・バベッジが、閉鎖的で権威主義的な団体になっていたロイヤル・ソサイエティを辛辣に批判したのが契機になって出来た(注3)。研究者コミュニティを代表する団体と一国の専門知を結集して科学的助言を提供する機関は一応、別系統なのである(注4)。

18世紀ごろのロイヤル・ソサイエティ。中央奥に座っているのがアイザック・ニュートンとされる[Photo by gettyimages]
 

専門知と多数決は相性が悪い

研究者の利害を代表する機関の会員を、研究者が選挙で選出するのは妥当である。しかし、科学的助言など専門知を要する事柄に関しては、多数決で決めるのはたいていの場合、悪いやり方だ。専門知は少数しか専門家がいないから専門知なのであり、したがって多様な専門を持つ研究者コミュニティにおいて、専門家の意見が少数派になっても不思議はない。

実際、学術会議会員が研究者の直接投票によって選ばれていたときには、研究者としての能力だけで選ばれたわけではなかった。戦後初期、民主主義科学者協会という強力な左翼学術団体があり、その推薦を得た候補は有利であった。その後、共産党系、あるいは反共産党系団体の支援を受けた左翼知識人たちが多く会員になっており、無党派の研究者はしばしば彼らの組織票に苦杯を喫した。

政府に批判的な政治的傾向は学術会議と政府の間の信頼関係を毀損しただけではない。優れた研究者よりも左翼団体の支援を受けた研究者が会員に選ばれることがあるならば、学術会議は必ずしも日本の学術の最高峰を代表しない。これはすでに過去のことで、現在の学術会議に対する批判にはならないが、この過去を都合よく忘れることも褒められたことではない。