日本学術会議が入っている建物[ウィキメディア・コモンズ]

学術会議の問題、安易な「民営化」が解決策にならないと言える理由

専門知と民主制はどうあるべきか?

過去にもあった任命拒否事件

政府が日本学術会議の会員候補者の任命を拒否した問題が波紋を広げている。私自身は学術会議とほとんど縁がなく、何か照会を受けたら答える程度の関係でしかない。しかし、日本の科学技術史を研究している私にとって、学術会議は戦後日本の研究インフラの形成に非常に重要な役割を果たした存在として重要である。

私が今回の任命拒否の件を知ったとき、まず思い出したのは1949年、学術会議創設時の任命拒否の問題である。学術会議そのものではなく、科学技術行政協議会(STAC)での話だ。

STACとは科学技術の成果を政策に反映させるための行政委員会で、学術会議と政府の間の調整機関であり、占領期はGHQが後ろ盾になっていたためそれなりに力もあった。内閣総理大臣が委員長を務め、官吏と学識経験者から委員を任命する。うち半数は学識経験者とされ、任命の際には「日本学術会議の推薦を尊重しなければならない」とされていた。

ところが第一期の学術会議が推薦した13名のうち、当時の首相吉田茂は2名を任命しなかった。学術会議は任命しない理由を明瞭に示すよう要請し、吉田内閣は「過去の経歴、思想の点より見て公務員選定に関する政府の方針と合致しない」という理由を伝えた。学術会議は納得せず、追加の推薦をしないまま学術会議の第一期が終わった。

学術会議が推薦した人物を任命しなかった吉田茂首相[Photo by gettyimages]
 

1951年の参議院議院運営委員会で社会党の矢嶋三義がこれを取り上げ、「時の政府がお好み人事的なものをやられたんでは、委員会の制度の正常な運営発達も期せられない」として、所見を求めた。

答弁に立った官房長官の岡崎勝男は、任命を誤れば首相も責任を負う以上、推薦を精査せずに承認できないと答えた。そして内閣法制局によれば、「推薦に基づき任命しなければならない」という条文ならば政府を強く拘束するが、「推薦を尊重しなければならない」はやや軽く、推薦者のうち過半数を認めれば尊重したことになると説明した。

矢嶋は法制局がそういうのならばこれ以上追及しないとしつつ、恣意的な人事への懸念を表し、「口やかましい議論の多い人」でも学術会議が推薦したならば政府としてフェアに受け入れてほしいと希望した。