ミュージアムと脳は似ている!中野信子さんがそう考える深い理由

「美」は人類にとって必要不可欠です
中野 信子 プロフィール

作品だけでなく、美しい顔を見たときにも同じように反応する。しかも、美人だけではなく、それほどでもないと思う面立ちの人が笑顔になったのを見ても、同じように反応したりするのが興味深いところだ。

ということは、この領野は必ずしも外形的な美醜だけではなく、そこに備わるそれ以上の意味を認知しているのだと推測される。

 

このもう一つの「美」については、先にふれたとおり感じ方が変わりやすい。ついこの前までは美しい、クールだ、好きだと感じていたものが、すぐに陳腐化してダサく感じられるというようなことがしばしば起こるわけだ。

実は、これらの領野は2つとも「社会脳」といわれる回路の一部である。前者は自分の主観的な好みを決めているところで、後者は他からの情報や過去の記憶に左右される。つまり、ブレるのだ。しかし、どうしてヒトにそんな機能が備わっているのか。生きていくうえで、「美」について感じ方がブレる必要があるのだろうか─。

このように、「美」については従来、そしてこれからも十分に脳科学の研究分野であるといえる。

ホモ・サピエンスは「美」を必要とした

そもそも「美」を感じるということ自体、生きていくためには不要不急のものと特に日本では思われている。これは本当に、ヒトが生きていくうえで必要なものなのだろうか。

名古屋大学博物館、千葉県立中央博物館、東北大学、明治大学、東京大学などの共同研究チームが2019年、4万~4万5000年前のホモ・サピエンスの特異な行動について研究成果を発表している。

4万〜4万5000年前というのは古代型人類のネアンデルタール人と現生人類のホモ・サピエンスが共存していた時代で、やがてネアンデルタール人のほうは絶滅していくわけだが、この両者にはどのような違いがあったのか、という点について示唆を与えるのがこの研究だ。

研究チームが調査したのは、現在のヨルダン南部に遺るネアンデルタール人、ホモ・サピエンスそれぞれの集落の遺構である。

このうち、ホモ・サピエンスの遺構だけから見つかったものがある。それは食用にならない小型の貝殻の化石だった。集落があったところは内陸乾燥地域であり、この貝は当該地域から55kmも離れた海でしか採れないものであった。これは何を意味するのか。

貝殻は象徴品としての役割を果たした(photo by iStock)

もっとも、海岸から離れた場所で貝殻が見つかるということはこの遺構に限ったことではない。しかし、ここで見つかった貝殻はどうやら象徴品としての役割を果たしていたようだということが新しい発見なのである。

つまりホモ・サピエンスだけが貝殻を象徴品として用いていたという行動が何を意味するのか。この貝殻は、後の時代にはビーズの素材として使われたものである。この時代にも装飾に使われたのか、あるいは地位や権威を表すものとして使われたのか。

いずれにしろ、ホモ・サピエンスは「食べられる」という目先の価値ではなく、「美しい」という価値を重視していたことがわかる。「美しい」を価値として採用した集団のほうが現在まで生き延びている……というのが肝要な点だ。

つまり、「美」を感じることは、私たちが生きるために不要でも不急でもなく、まさに必要不可欠なものだ、ということをこの研究データは示唆している。

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