2018年から私は、東京藝術大学大学院国際藝術創造研究科(博士後期課程)で、主にキュレーションについて学んでいる。
キュレーション(curation)とは、いまやネットメディアの用語としてお馴染みかもしれないが、本来はミュージアム(美術館や博物館)における仕事の一つをいう。
それは、展覧会を企画し、収集した膨大な作品から選び抜いたものを特定のテーマの文脈に位置づけて配置し、展示を構成するという、美術館・博物館の業務のなかでもひときわクリエイティブな仕事といえるかもしれない。
もとより私の専門は脳科学であるが、なぜ美術館・博物館の仕事に興味を持ったのかというと、マクロな視点で見れば、これらは脳のある種の機能に似ているからだ。
私たちは人生の3分の1を睡眠に充てている。眠りでは、レム睡眠とノンレム睡眠が繰り返されているということはご存じだろう。レム睡眠中、脳はせっせと記憶を整理し、それを固定させたり整理したりしている。ノンレム睡眠中は、脳に蓄積してしまったゴミを脳脊髄液の波が洗い流している。
このように、私たちが眠っている間も、脳はせっせと働いているのだ。
休館中の美術館や博物館も、脳と同じく稼働している。作品を整理したり、研究したり、何年もかけて次の展覧会の準備をしたりしている。外からは見えないが、長年、粛々と進められてきた仕事にこそ、美術館・博物館が担う重要な使命があるということはあまり知られていないのではないだろうか。
しばしば自然科学は、ミュージアムやアートの類とは正反対の世界ではないかと言われる。だがそんなことはないのであって、私たちは光がなければモノを見ることすらできないし、「美」の認知についてすら研究が進められていて、これは脳の前頭葉の前頭前野が行っていることが実験によって明らかになっている。
たとえば、夕日の美しさ、絶景といわれる眺望の美しさ、宝石の美しさなど、世界共通で時代を経ても変わらない普遍的な「美」については、この領域で認知している。
ただ、もう少し脳の機能を詳細に詰めていくと、どうやら「美」にはもう一種類あるようなのだ。たとえば、ある芸術作品を観て、それを「美しい」と思う人もいれば「そうでもない」と思う人もいる。「美しい」と思う人は高いお金を払ってでも欲しいと思うかもしれない。
しかし、時が経ち、あるいは他者はそれほど評価していない、などのことが明らかになったとすると、途端に欲しくなくなったりすることがある。そうした変化し続ける「美しさ」の価値を認知するのは、脳の別の領域が行っている。
ヒトの脳がどのようにして芸術作品の美しさを感じるのか、この研究分野の草分け的な存在であるロンドン大学のセミール・ゼキ教授は、芸術作品を観て「美しい」「これは自分にとって良いものだ」と感じると、内側前頭前皮質の血流がアップすることを突き止めた。