「それから、これはお話しすべきかどうか迷ったのですが……」
彼女はためらいがちに続けた。
「その日は私が宿直でした。就寝時間になって、宿直室で待機していたときです。ベランダから車いすの車のきしむ音が聞こえました。宿直室の窓のあたりで音が止まったような気がして外を見たのですが、どなたもいません。その後また、車が遠ざかっていくような音がしました。

翌日、恵子さんが亡くなっていることがわかって、もしかしたらあのとき、恵子さんが挨拶に来てくださったのかな、と思いました。本当に明るくて、いい方でした」
声が震えている。顔を見ると目に涙がたまっており、泣かないように必死で言葉を絞り出しているのだった。

「本当に長い間、ありがとうございました」

私たちはそう言うのが精いっぱいで言葉を失い、頭を下げることしかできなかった。

母と伯母がくれた10年の教訓

母方のきょうだいは、こうして全員鬼籍に入った。父が亡くなり、母の認知症が発覚してから10年以上経っていた。

高齢者の介護は、長丁場になればなるほど、人手を使って時間や体力をやりくりしていかなければ続かない。経済的負担も大きい。唸るほどの財産があるならともかく、日々の生活に汲々としている庶民は、よほど調べぬいて選ばなければ大事な家族を安心して預けることができない。

核家族化した現代社会では、複数の老人を一人で世話するケースが少なくない。介護される側にもする側にも、外部のサポートは必要だ。特に、介護者には心情を理解してくれる人、話を聞いてくれる人が不可欠だ。私自身、「傾聴サービス」を利用したことがあるが、これほど胸のつかえが下りたことはなかった。思っていることを口に出していいんだと感じられることが、介護者の心の健康には一番必要なことなのである。

私が母と伯母の晩年について書こうと決めたのは、福祉のセーフティネットをすり抜けて困窮するケースが、一向になくならないからである。一人で介護して行き詰まる人、命を絶ってしまう人々があまりにも多い。

介護で他人の手を借りることを、情がないと指弾されることが未だにあるらしい。それはまったく的外れの指摘だ。愛情があるからこそうまくいかないことだって、世の中にはたくさんあるのだ。その典型が、老人介護、認知症介護ではないかと思う。
身の回りで介護に疲れている人に気づいたら、話を聞いてあげてほしい。アドバイスなどいらない。受け止めてもらっているという安心感が、その人の心を救い、介護される老人をも救うことになるはずだ。

真面目なひとほど、自分だけで抱え込んでしまう。自分がやらなければならないと思ってしまう。しかしそれで追い詰められないように助けを求めること。それがとても大切なことなのだ Photo by iStock

【「介護とゴミ屋敷」完】

上松容子さん「介護とゴミ屋敷」今までの連載はこちら