2020.10.14
# 映画

【今日は鉄道の日】寅さんの聖地を鉄道でめぐる巡礼旅10選

SLの時代から鈍行列車でゆるゆると
岡村 直樹 プロフィール

12年の時を経て、同じ地点で新旧の列車が

『寅次郎恋歌』『口笛を吹く寅次郎』(伯備線/SLから電車へ)

『男はつらいよ』シリーズは、昭和44(1969)年に始まり、一応の区切りとなった第48作「紅の花」公開が、平成7(1995)年である。足かけ27年にわたる大河映画であり、世界最長の映画シリーズとしてギネスブックに登録されているほどだ。

映画の長所のひとつは記録性にある。映像という手法によって、その時々の風俗やら世相を画面に反映させやすい。ファッション、髪型、物の値段、冷蔵庫やテレビ、電話の機種などの変遷が一目で瞭然となる。とらやの店内に掲げられている値段表などが最たるものだ。鉄道も例外ではない。

 

『男はつらいよ』シリーズ開始の前年、つまり昭和43(1968)年10月に、当時の国鉄が大がかりなダイヤ改正を実施した。無煙化(動力近代化)、高速列車網の整備などを柱とする画期的な内容だった。鉄ちゃんは「ヨン・サン・トオ(4・3・10)」と称する。

動力の近代化、つまりは蒸気機関車にお役御免を突きつけたといってもいい内容である。『男はつらいよ』は、鉄道の歴史を画する転換点とほぼ同時にスタートしているわけだ。

昭和46(1971)年の第8作『寅次郎恋歌』と昭和58(1983)年の第32作『口笛を吹く寅次郎』を観比べてみれば、その間の事情が明らかとなるだろう。舞台はともに岡山県の高梁市。というのも、この町は、妹さくらの亭主・博(前田吟)の故郷だからだ。

鉄道の駅でいえば、JR伯備線の備中高梁駅。岡山県の倉敷駅と鳥取県の伯耆大山駅間を走る伯備線は、山陽本線と山陰本線を結ぶ、いわゆる〝陰陽連絡鉄道〟である。数路線ある陰陽連絡鉄道のうちで、もっとも便のよろしい路線だ。

昭和57(1982)年に電化が完成し、特急「やくも」の他、寝台特急「サンライズ出雲」が直通運転している。『…恋歌』は電化の前、『口笛…』は電化された翌年の作品となる。

前者では、博の父(志村喬)と寅さんが買い物に行く先をD51形蒸気機関車が黒煙を噴き上げながら力強く走っていく。ところが後者では、同じ地点を381系「やくも」が一瞬で通過しまう。流れ過ぎた12年の歳月を、新旧の鉄道で表した忘れがたいシーンである。

前者のマドンナは池内淳子、後者は竹下景子だが、竹下は高梁の寺の娘・朋子という設定。朋子に入れあげた寅さんが、仏門を志したことから珍騒動が起こる。しょせん、「煩悩が背広を着たような男」に仏門の修行は手に負えはしなかった…。

5、6年ほど前、高梁を再訪した折、地元の人から面白い話を聞き込んだ。朋子の弟でカメラマン志望の一道(中井貴一)が上京する場面のことだ。彼の恋人(杉田かおる)が上り列車に乗った一道を見送っているのだが、列車の進行方向が東京とは逆。映画館で観賞に及んでいた地元民からは期せずして「おいおい、どっちへ行くんだ」と声があがったという。

柴又駅の上りホーム

『男はつらいよ 純情篇』(京成柴又駅/寅さんの始発駅)

帝釈天参道に店を構える人々にとって、京成金町線柴又駅が最寄り駅である。京成高砂駅から柴又駅を経て金町駅までの2.5kmの盲腸路線だ。

起点となる京成高砂駅は、京成本線や成田スカイアクセス線、北総鉄道北総線に接続するが、現在の金町線は専用の高架ホームから発着する。かつては地平ホームを使用し、京成上野へ直通する列車も運行されていた。故郷を忍び出る寅さんが乗ったのは、この直通列車だったはずだ。

柴又駅は、寅さんの旅の始発駅であった。同時に終着駅でもあったはずだが、寅さんが旅先から柴又駅に帰り着く(下りホーム)シーンはあっただろうか。「二度と帰っちゃあ、来ねえよ」と柴又をおん出るシーン、あるいはマドンナと別れる上りホームばかりが思い浮かぶ。

第6作『男はつらいよ 純情篇』(1971年)を観てみよう。

京成柴又駅の上りホームに見送りに来た妹さくら(倍賞千恵子)が、「たまには正月を一緒に」と寅さんをかき口説く。そうしたいのはヤマヤマだが、正月はテキヤの稼ぎ時だ。後ろ髪引かれる思いで電車を待つ寅さん。

「パン、パパーン」(警笛が鳴り、電車が入ってくる)
「じゃあな、さくら。…うん?」

さくら、自分の首に巻いたマフラーを取って、寅さんの首にかける。

「あのね、お兄ちゃん、つらいことがあったら、いつでも帰っておいでね」
「そのことだけどよ。そんな考えだから、俺はいつもでも一人前に…、故郷ってやつはよぉ…」
「うん?」
「ピーー」(発車を告げる音)

閉まったドアの中から、再び寅さんが…。

「故郷ってやつはよ…」
「え、何、なんて言ったの?」

ドアの向こうで口をパクパクさせている男を乗せた電車は、無情にも走り去ってしまうのだった。

柴又駅の駅舎やホームは第1作からほとんど変わっていないが、映画に映しだされる広告やホーロー看板が時の移り変わりを感じさせる。駅前にある「フーテンの寅」像に向かい合うように、「見送るさくら」像が平成29(2017)年に建立された。

江戸川のスーパー堤防の下にある「寅さん記念館」には、お宝がごっそり。ノスタルジックな気分に浸れること請け合いの施設である。

「寅さんの旅」をテーマにした駅舎「故郷駅」は、これぞ昭和の駅といった雰囲気。実際に切符(硬券)を入れていたホルダー、アナログな時計、料金表、待ち合わせの際に重宝した伝言板、駅弁の供に欠かせなかったティーバッグ式の土瓶…。思わず、『お別れ公衆電話』を口ずさみそうになる。

記念館のクライマックスは、木造客車のボックスシートの再現だ。座席回りや車窓の再現も忘れていない。4人掛けのボックスシートに腰を下ろしてみてくださいな。座席や背もたれは硬く、これで長旅をしたのではさぞや疲れたことだろう。ひょいと目を上げれば、どこかでお見かけした焦げ茶色のトランクが網棚に載っているではありませんか。

柴又にある寅さん記念館に再現されている木造客車の4人掛けボックスシート。寅さんが座っているんじゃないかしらん(『男はつらいよ 純情篇』)

ここまでお膳立てしてもらえば、あとはもう旅に出るだけだ。スマホを手にせず旅立てば、きっと今まで知らなかった旅の醍醐味を味わえるでしょう。

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