2020.10.14
# 映画

【今日は鉄道の日】寅さんの聖地を鉄道でめぐる巡礼旅10選

SLの時代から鈍行列車でゆるゆると
岡村 直樹 プロフィール

マドンナ・リリーとの夜汽車での出会い

『寅次郎 忘れな草』(根室本線/夜行列車はつらいよ)

シリーズに4度も登場し、寅さんと所帯を持つ寸前までゆくことになるリリー(浅丘ルリ子)との出会いは、同じ夜汽車に乗り合わせたのが発端だった。第11作『寅次郎 忘れな草』(1973年)でのことである。

北海道に渡った寅さん、網走行きの夜行急行「大雪」に乗る。寝付かれぬまま車内を見回すと、けばけばしい化粧の女がひとり涙をぬぐっているのが目に入った。ドサ回り歌手のリリーだった。

 

翌日、初めて口をきき合ったふたりは、旅から旅への同じ境涯であることを知り、たちまち意気投合する。妻子の待つ網走の港に帰って来る漁船を目にしながら語り合う。

「夜汽車に乗ってさ、外見てるだろ。そうすっと、何もない真っ暗な畑の中なんかにポツンと灯りがついてて、ああ、こういうとこにも人が住んでいるんだろうなぁ、そう思ったらなんだか急に悲しくなっちゃって、涙が出そうになる時ってないかい?」
「暗い外を見て、そんなことを考えていると、汽笛がボーッと聞こえてよ、何だか、ふっとこう涙が出ちまうなんて、そんなこと、あるよなぁ、わかるよ」

哀し気にひびく夜汽車の汽笛は、浮き草稼業の身にはずんとこたえるのだ。ふたりは黙しがちに、海を眺めやるのであった。

「大雪」の前身がデビューしたのは昭和9(1934)年と古いが、「大雪」と命名されたのは昭和26(1951)年のこと。『寅次郎 忘れな草』撮影当時の「大雪」は、A・B寝台、グリーン車も連結した豪華列車であった。

寅さんとリリーがA寝台や、グリーン車に身を横たえる身分なら、上記のセリフが口をつくことはなかったろう。硬い背もたれの座席車で夜を明かさねばならない境涯であって初めて、言える言葉であろう。

夜行列車は、必ずしも寝台車を連結していたわけではない。その全盛期であった昭和30~40年代でも、むしろ座席車の方が多いくらいだった。

私などは、「夜行列車」と聞くと、高校の卒業記念にと同級生4人と九州一周旅行を企て、夜行急行「西海・雲仙」に乗った鮮烈さを思い起こす。足の踏み場もないほどの混雑ぶりで、網棚に横たわっている客もいるほど。席をひとつしか確保できず、4人が交代で身体を休めたものの、車内はうだるような暑さで九州に入った頃にはクタクタ。目的地の長崎はまだ先だったが、博多駅でダウン、倒れ込むように駅のベンチで寝たのだった。

いやはや、当時の人々は我慢強いですねえ。今日なら、冷房のない列車など総スカンを食うこと必定。熱中症にかかる者が続出するに違いない。

夏の蒸気機関車は悲惨だった。熱いので窓を開けると、蒸気の吐き出す黒煙が車内に流れ込んで乗客は顔から腕まで真っ黒けとなった。で、主要駅のホームには石造りの洗面台が設けられていたものだ。往事の鉄道風俗に接したいなら、寅さんワールドへどうぞ。

リリーと北海道で再会

『寅次郎相合い傘』(函館本線蘭島駅/北海道3人旅)

熱烈な寅さんファンをもって任ずる方々の間で、シリーズ1、2を争う出来映えと評価されるのが、第15作の『寅次郎相合い傘』(1975年)だ。浅丘ルリ子がリリーを演じた2作めの作品である。

『寅次郎 忘れな草』で寿司屋の女房におさまったリリーだったが、その後、離婚して再び歌手に戻っていた。

一方の寅さんは青森で仕事に疲れた蒸発男・兵頭(船越英二)と知り合い、函館に渡る。3人は函館のラーメン屋台でバッタリ出会い、愉快に初夏の道内を旅して回る。

函館本線の車中、3人は長万部(おしゃまんべ)駅の名物駅弁「かにめし」を食す。錦糸たまご、しいたけが彩りを添える人気駅弁だ。食糧難の戦後、地元で水揚げされた毛ガニを塩茹でにし、ホームで販売したのが起源。70年近い歴史を持つ駅弁だったが、2020年秋、ホームでの販売は廃止し店頭販売のみとなってしまった。

JR東日本は、東日本の駅弁ナンバーワンを投票によって決める「駅弁味の陣」を恒例化しているが、ホーム上での立ち売りの姿はめっきり減ってしまった。駅弁の立ち売りは、窓越しに繰り広げられる売り手と買い手のやりとりを見ているだけでも興をそそられたものだ。そのやりとりが、駅弁の味付けになっていたようにさえ感じる。

函館本線のうちの長万部~小樽間は、羊蹄山とニセコ連峰を車窓に見ながら走るため、「山線」と称される。3人は「山線」に乗って小樽へ。かにめしを頬張ったばかりに手元不如意となった3人は、途中の蘭島駅で一夜を過ごす。

朝方、目を覚ました寅さん、通学のためにやってきた女学生と挨拶を交わして、強張った身体をラジオ体操でほぐす。パンタロン姿のリリーは、洗った顔を手ぬぐいで拭き、髪をくしけずる。そこへ、パジャマのまま起き出してきた兵頭が、せっせと歯を磨くのであった。あたかも、蘭島駅は〝ステーションホテル〟のようだ。

この鉄道旅は幸福感にあふれていて、実に楽しそうだ。昭和40年代、北海道を席巻したカニ族を思い出させる。

※カニ族=横長の大型リュックサックを背負って旅した若者たちのこと。リュックの横幅が1m弱あったため、列車の通路や出入り口で前向きに歩くことができず、横歩きをしたこと、またリュックを背負った姿がカニに似ていたため、この名で呼ばれるようになった。

現在、蘭島駅は改修されて木造ではなくなっている。駅は明治35(1902)年の開業。蘭島海水浴場は、道内最古にして屈指の海水浴場として知られ、夏には臨時快速「らんしま」が走ったほどである。

海水浴場への途中にあったコンビニは、日本一の売り上げを記録したというが、かつての繁盛ぶりは過去の語り草となってしまった。

兵頭がめざしているのは小樽の町だ。風の便りに、初恋の人(岩崎加根子)が喫茶店を経営していると聞いたのである。再会を果たして複雑な表情の兵頭に向かって、リリーは、「それは男の甘えだ」と痛罵する。対して、兵頭を擁護する寅さんと大げんかになって、袂(たもと)を分かつ。

けんかこそしたが、互いに憎からず思い合っているふたりである。ラストシーン近く、雨がそぼ降る中、番傘をさして柴又駅までリリーを迎えに出る寅さん。いいですねえ、この場面。

果たして、ふたりは添い遂げられるのでしょうか。

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